第19話 閑話・勇者サトウの疑念 ※鬱展開注意
王宮にほど近い広場に「勇者」たちの姿があった。薄い石畳が美しく敷かれ、幾何学的に植樹が施されているその場所は、現世にある公園に何となく似通ってもいる。
よく見れば遠巻きに現地民も集まり始めていたが、佐藤博を筆頭に彼らの顔や様子を見る余裕は無かった。不安げな、或いは何かを期待して集まっている現地民よりも、気にしなければならない存在がいた。
広場には今、事もあろうに六足の魔物が出現していたのだ。国王の御名の許、博たちは六足の魔物を成敗せねばならない。現地の住民も、それを見守るために集まっていると言っても良かった。
――またか。またなのか……
宝剣を未だ腰に佩いたまま博は密かに息を吐いた。六足の魔物が出現すれば、自分は必ず残虐な惨劇を目の当たりにせねばならない。日が経つにつれてその事への嫌悪感は薄らぎつつはあった。しかし完全に慣れたわけでもない。
六足の魔物をちらと見やる。それは大型犬ほどの大きさだった。大きさだけではなくて毛並みも姿も何となく犬に似ている――腹部の中ほどで動くもう一対の足に目を向けなければ。博は、自分が現世で犬を飼っていた事を思い出してしまった。名前も細々とした色合いも忘れていたのに、ピンと立った耳とふさふさした尻尾があるのを覚えている。一人っ子の博の、兄弟みたいに振舞ってくれる事も。
だからだろう。博の動きが鈍ったのは。
「ギッ、ギャヒーン」
一瞬の後、濁った悲鳴が上がる。勇者の側ではなく、六足の魔物の方から。勇者たちの誰か――つまるところ博の仲間でありクラスメイトだ――が攻撃魔法を繰り出したのだ。勇者として権能があると見做された者たちの中には、魔法を使える者も数名いた。遠くを視る能力や結界を用意してくれる能力を持つ者もいるが、大半はこうして殺傷力攻撃力を持つ能力である事が多い。
何を傷つけて殺すのか――それはもちろん六足の魔物だった。
魔法の弾丸を喰らった六足犬は、既に横っ腹が抉れている。抉れたところから青緑の血と肉片をまき散らしながらも逃れようともがいている。その姿に忌まわしい魔物の気配はなかった。ただただ理不尽な暴力にさらされ、生の道を懸命に探す、哀れな動物にしか見えない。
これは討伐でも何でもない。ただの一方的な惨劇だった。
※
「何を遊んでるんだ、お前ら」
その宝剣で六足犬の首を刎ねると、博は仲間を叱責した。他の勇者たち、現世ではマウスの解剖すらした事も無かったであろう若者たちは、六足犬に執拗に攻撃を加えていたのだ。その顔には魔物に対する憎悪や憤怒は無かった。むしろ面白いゲームにでも興じているかのような、無邪気な喜びと楽しさがその面に浮かんでいたのだ。
「佐藤~、また勝手に止めを刺したな」
「そうだよぉ、まだまだいけると思ったのにさ」
六足犬が殺された事で仲間である勇者たちは口を尖らせて博に突っかかる。彼らが執拗に六足の魔物を傷つける事には理由があった。勇者たちは権能を持っている訳であるが、六足の魔物と闘えば闘う程その権能のレベルという物が上がっていくらしい。しかも、単に仕留めただけではなく六足の魔物を傷めつけるだけでもレベルが上がるときがあるらしい。
一部の勇者たちは、六足の魔物によってレベルを上げる事に喜びを感じている――王の甘言に騙され、興奮剤によって刺激を求めるように仕向けられているからだ。
恐ろしい行為に手を染めても、彼らは何ら疑問を抱く事はない。恐ろしい所業だと博は思う。だがその一方でその方が幸せなのかもしれないと思い始めてもいた。
興奮剤の類は勇者たちに等しく盛られているらしい。しかし、博は興奮剤に冒される事は無かった。それが何故なのかはよく解らない。それが良い事なのか悪い事なのかも含めて。
ひとまず博はため息をつき、勇者らを見やった。不満げな様子の彼らに対し、何がしかの説明が必要だった。
「犬みたいに見えても相手は魔物なんだ。さっさと仕留めないとこっちに危険が及ぶかもしれないだろう」
「まーたお説教かよ勇者様ぁ。一番強いからって、ちょっと偉そうな感じなんだけど」
「そうだよ。しかも、国王様の娘を筆頭に三人も奥さんを貰ってるくせに。夜なんかとっかえひっかえで楽しんでるんだろう?」
「っ…………」
一人の言葉に反応し、思わず声が出そうになった。露悪的な物言いではあるが、事実である事には違いなかったためだ。
少し前まで高校生に過ぎなかった博だが、今は三人の妻を持つ身でもある。一人の少年が三人の女を妻にしている……ハーレムという光景が脳裏をよぎるかもしれない。だが博のそれはあからさまな政略結婚だった。勇者の血を妻たちの許に遺すためだけに博は国王の娘、騎士団長の娘、そして宮廷術者の姪と婚姻させられたのである。
そしてそもそもこの婚姻は仲間たちのための物でもあった。勇者として頭角を現した博は、国王に自分たちを現世に戻す方法を調査するように依頼した。その見返りとして、王家に勇者の血を遺すようにと命じられた次第である。
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