第17話 忘れた頃にホームシック
数日ぶりの入浴(それも源泉かけ流しの温泉だ)を果たしたために、身体がかなりリラックスしたのだろう。ねぐらに戻った佳彦の意識は、横になるや否やすぐに眠りの世界へと向かっていった。
ぐっすりと眠れた事。それが幸いな事だったのかは解らない。深い眠りは、佳彦の心を揺さぶる夢をもたらしたのだから。
※
夢の余韻は目覚めたのちも脳裏にこびりついていた。佳彦はまだ眠いふりをして、日が昇っているのを承知で床に寝そべっていた。今のねぐらは木の根元にあるくぼみを活用しているのだが、毛皮や乾いたコケ(のようなもの)を敷いているので清潔だ。
「どうしたの、キビ」
「玉藻さん……」
朝の狩りに出かけていた玉藻が戻って来ていた。彼女は狐の姿でこちらに向かって歩を進めている。丸っこい六足のモルモットを一匹口に咥えていたが、背中にはウサギやらイタチみたいな生きものやらを器用に乗せていた。
「悪い夢を見たんです。それだけです」
素っ気ない言葉だったのは不機嫌だったからではない。恥ずかしさと気まずさがあったからだ。
そう……玉藻はサラッとした口調で応じると、そのまま「台所」に向かっていく。人型に化身するのを佳彦は見ていたが上の空だった。夢の内容が未だに佳彦の心を捉えていた。
佳彦が見た悪夢。それは現世での夢だった。元にいた世界に戻っていたという夢だった。或いは、六足獣の住まう世界に来ていた事が夢だったという内容だったかもしれない。いずれにしても佳彦は夢の中では馴染みの世界にいた。冷静に考えれば、とても嬉しい事やワクワクする事が夢の中であった訳でもない。
しかし――それが夢だと解るや否や、何とも言えない感情が佳彦の中を通り抜けていった。この感情の動きには佳彦も戸惑っていた。起きている間は異世界の暮らしに馴染むのに必死で、現世の事を顧みる事は無かった。色々と突っ込みたい事はあるが、何より指導者たる玉藻が傍にいてくれる。彼女の導きを信じ、異世界の暮らしに馴染んでいたのだと佳彦は思っていた――あの夢を見るまでは。
「実は僕、向こうの世界に戻る夢を見ていたんです」
動物を捌く玉藻の背中に佳彦は語り掛けた。
「と言っても、派手な事はない、いつも通りの日常でしたよ。でも気付いちゃったんです。何だかんだ言っても戻りたいって思っているんだってね」
佳彦は乾いた笑みを浮かべていた。別の感情がギリギリまでせめぎ合う、危うい笑みである。
「そんな夢を見るのも無理は無いわ。元々キビは色々と頑張っていたもの。今まで弱音も吐かずにね……むしろ今までよく持ちこたえたと思ってるわ」
玉藻の声は穏やかな物だった。佳彦の心を、佳彦の気付いていなかった事さえも知っているかのような口ぶりだった。
――玉藻さんは元の世界に戻る方法は知ってますか? そんな疑問が脳裏をよぎったが、佳彦は口には出さなかった。
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