第14話 異世界ライフの衣食住事情
さて視点を吉備佳彦に戻そう。異世界に召喚されて早々に権能が無いと判定されたこの少年は、王宮の面々からは顧みられることは無かった。のみならず、彼の存在を忘れ去っている者さえいる位だ。
安否は不明であったが彼の生き死にに関心を持つ人間の方が――無論例外はいるのだが――大多数だった。
スキルもなく、六足の魔物が跋扈する辺境に飛ばされた佳彦少年は果たして生きているのか? その答えはイエスであった。
※
「ごちそうさま」
佳彦は昼の食事を終えた所だった。ランチメニューは、具沢山のスープと無毒蛇の蒲焼きである。スープの具材は四足獣・六足獣の肉をベースに自生している野草の葉や根っこの部分を追加したものである。ダシは獣たちの骨髄から取っている。根無し草として、洞穴を転々とする身分とは思えぬほどに豪勢な料理だった。
実を言えば、異世界野宿生活での食事は日を追うごとに少しずつ豪華になっていた。玉藻が主に食料を調達する所には変わりはないのだが、土鍋的な調理器具を得る事が出来たためである。ちなみに土鍋的な物体は拾った訳ではない。玉藻の妖術で顕現したものでもない。佳彦と玉藻で作成したのだ。幾つもの洞穴を渡り歩くうちに、粘土質の土を二人は発見した。土に毒性はないみたいなので、こね合わせて何かを作るのにうってつけだったのだ。鍋状に粘土をこね上げ、玉藻に焼成してもらう事で土鍋が完成したのだった。鍋の存在によって料理のバリエーションが飛躍的に広がった。それまでは加熱調理と言えばワイルドに串焼きか、それに飽きたら無害な葉っぱで肉を包んで蒸し焼きにするかの二択だったのだ。土鍋の存在で煮込み料理のみならず、焼き肉のようなものも作れるようになっていた。土鍋万歳・土鍋最強である。
現世に戻ったら土鍋の伝道師になるかもしれない程に土鍋に傾倒している佳彦であったが、それ以上に彼が強い感謝の念を抱いている存在がいる。それは玉藻だ。始めは狐の死骸に受肉して姿を現すという禍々しさに慄いていたし、生き延びるために彼女を利用している節もあった。しかし最近ではそう言った打算は薄れに薄れ、彼女に対して愛情らしきものを抱き始めていた。愛情と言っても男女のアレではない。そりゃあもちろん極限状態の中でまめまめしく面倒を見てくれるという事もあり吊り橋効果的なものもあるだろう。だが佳彦の抱く玉藻への愛情は、むしろ仲間に対する連帯感や、年長者への敬意の念に近かった。
「玉藻さん」
「あら、どうしたのかしらキビ……」
佳彦は改まった調子で玉藻の名を呼び、彼女をじっと見つめた。見た目は少女っぽいが、どう見ても落ち着き払っている。大人の余裕というものを佳彦はいつも彼女から感じ取っていた。まぁ実際に玉藻は何千年も生きている大妖狐であるから、大人と言っても遜色は無いだろう。
「いつもありがとうございます」
まぁ……若い娘というよりもむしろ近所のおばちゃんのような気軽な声が、玉藻の唇から漏れ出した。玉藻は平静を保っているが、むしろ感謝の意を示した佳彦の方が頬を火照らせて照れていた。
「俺が今日もこうして元気でいられるのは玉藻さんのお陰だと思うんです。美味しい料理も作ってくれますし、獣とか蛇にやられないための術も教えてくれましたし……」
「こちらこそありがとうね」
玉藻は気負わずに言葉を紡ぐ。
「感謝の念を抱く事はとても大切な心掛けよ。だけど、むしろ食料になった子たちに対して感謝する方が大事かもしれないわね。それでキビは生命を繋いでいるんだから。
それに私だって、割と勝手な気持ちでキビを養ってるだけだし」
「そんな事……」
佳彦は思わず反論しそうになったが、言葉尻を濁して呟くだけに留まった。そりゃあそうだ。玉藻にだって佳彦とは異なる思惑があるのは当たり前の話だ。彼女の方が思惑だらけだろう。しかしそれが何だというのだ? 二人で協力して(佳彦が玉藻に貢献できている所は少ないが)生き延びているという事だけでも上等ではないか。
そんな考えが佳彦の脳裏に浮かんできて、自然と顔が笑みで緩む。土鍋で作ったスープも美味しいし。
しばらく二人は他愛のない事を言い合って笑い合っていた。多分これが幸せというものなのだろう。現世と違い娯楽らしい娯楽は無かったが、佳彦は退屈などではなかった。玉藻が獲ってきた食材の加工に毎日のように行われる洞穴から洞穴への移住。探索の際に得られた情報をすり合わせての考察と、やるべき事は驚くほどたくさんあった。昔学校行事で行ったキャンプなどよりも良くも悪くもスリリングであり、考えて解決しなければならない事が多い。
だからこそ、佳彦はこうしてのんびりできる瞬間が大切なのだと思うようになっていた。
※
しかしながら、平穏な時間とはそう長く続かないのが世の定めである。笑い合っていた玉藻が食器(これも佳彦と玉藻で作ったものだ)を置き、獣の目をすがめて洞穴の向こう側を凝視し始める。
佳彦は一瞬びくっと身を震わせた。彼の聴覚が、六足のリカオンモドキの啼き声を捉えたからである。
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