第12話 異世界キッチンは洞穴の前で
「まぁ確かに、見た事も無い生き物を食べるっていうのも勇気がいるわよね。うん、そういう事もあろうかと見慣れた動物も狩っておいて良かったわ」
そう言っている間に玉藻は手許にあるモルモットモドキの解体を始めていた。こんな所でバラし始めたら、血とか体液で汚れるんじゃないか……佳彦の脳裏にはそんな懸念があった。しかしよく見ればモルモットモドキは大きな丸い葉っぱのようなものに乗せられている。玉藻は思ったよりも用意周到だった。と言っても、彼女は何千年も生きた傾国の妖狐であり、めっちゃ賢い妖怪でもあるのだ。ぼんやりした高校生である佳彦などよりもうんと賢いし、気が付く事も多いだろう。
「そこのウサギとか鳩ならキビも見覚えがあって、安心して食べられるんじゃないかしら」
「はい、そう……ですね」
玉藻の言葉に佳彦は控えめに頷いた。まぁ確かにウサギや鳩は動物として見覚えがあるのは事実だ。しかしお肉と言えば牛・豚・鶏、時々羊という佳彦にしてみれば未知の食材である事には変わりない。もちろんウサギや鳩を食べる人もいる事は知っているが、まさか自分が食べる事になろうとは。
そのような疑問や驚きはあったが、佳彦は敢えて口にはしなかった。言わなくても玉藻ならばそういう佳彦の考えは既に気付いているだろうし、仮に言っても言いくるめられそうだからだ。
そもそも昨日からずっと驚く事ばかりなのだ。驚かなかった事の方が数え上げられるだろうという位だ。驚いた事について口にしたいと思うのは当然の流れかもしれないが……驚いた事を口にしていたらそれこそ日が暮れてしまう。
とりあえずは頑張って今の状況を受け入れる他ない。何しろ食料を調達してくれたのは玉藻なのだ。場合によっては六足獣だけで済ませるかもしれなかった所を、わざわざウサギや鳩を見つけて仕留めてくれたのだから。感謝こそすれ文句を言う立場ではないのだ、佳彦は。
「うん。血の色とかお肉や臓物の色はちょっと違うけれど、この子たちも大体同じじゃないかな。骨格とかは」
玉藻は慣れた手つきで下ごしらえを進めていた。モルモットモドキの腹はナイフで切り裂かれ、彼女の宣言通り筋肉や臓物があらわになっている。肉は白っぽい水色で、内臓と思しき丸っこいものや消化管と思しきはらわたは肉よりも濃い目の水色やセルリアンブルーの色調を見せていた。
現代っ子らしく、本来の佳彦は生き物の死体は、ましてや血肉や臓物を露わにしているものは苦手だった。しかし今回は、目を背けるのも忘れて玉藻の作業を凝視していたのだ。ネットサーフィン中にグロ画像に出くわしてしまった時の嫌悪感や気持ち悪さは不思議となかった。驚きすぎて自分の心が擦り切れてしまったからなのか、玉藻の作業がリンゴの皮をむくかのように淡々としていたからなのかは解らない。ただただ、やはり六足獣は見知った動物と違うのだと思ったくらいである。
「そうね……ベタだけど今回は串にさして焼こうと思ってるの」
モルモットモドキを捌いてから、玉藻は今朝の献立を教えてくれた。
「本当なら煮炊きしてみても良いんでしょうけれど、生憎鍋らしきものは見つからなかったから……まぁ、時間もたくさんあるし作るなり拾うなりすれば良いんだけどね。
異世界初のお料理は、シンプルかつワイルドな感じになるけれど、構わないわよね?」
「はい……そこは大丈夫です」
串焼きという事は露天のバーベキューみたいなものだな。そう思いながら佳彦は玉藻が捌いたモルモットモドキの肉を串にさし始めた。嬉々として料理の準備を行ってくれている玉藻を見ているうちに、自分が何もしないのはマズかろう、という心理が働いたのだ。
モルモットモドキの肉は、ヌルヌルした感触とうっすらと水色の色合いから何となく魚の切り身に似ていた。味まで魚に似ているかどうかは定かではないけれど。
※
玉藻が作業を始めてどれくらいの時間が建ったのか、佳彦にはよく解らなかった。串をさす作業を手伝っていたから短い時間のようにも思えたが、空腹感が起きた時より強まっているので結構時間がかかったのかもしれない。今の佳彦には時間を知る手立てはなかった。スマホは電池切れでただの板切れと化しているし、スマホに頼っていたから腕時計を付けるという習慣も無かったのだ。
二人は洞穴から出て、開けた所で火をおこした。おもだった事を行ったのは玉藻である。佳彦は彼女の言に従い、燃えやすそうな枝や葉を集めただけだ。
妖狐という事もあり、玉藻はライターやマッチに頼らずに火をつける事が出来た。俗にいう狐火、妖術の類らしい。心強いと思ったものの、玉藻は真顔で「キビも火をおこす方法を知っておかないとね」と言ったのだ。別に佳彦も妖術を使えるようになれ、という話ではない。火打石、或いは板と枝をすり合わせて火をおこす方法を覚えろという話だ。
火の勢いが十分になった所で、串を火の回りにさしていった。十二分に血抜きまでされて加工された肉たちは、鳩もウサギも六足の小動物もビジュアル的には似通っていた。生きている時は全く違う姿かたちの生物たちだったが、今は似たような形の食材になり、仲良く火で炙られて佳彦たちに食されるのを待っている。
動物たちはいずれも肥っているようには見えなかったが、それなりに脂を蓄えていたらしい。熱で縮み始めた肉の表面からは汗のように脂が浮き上がり、火で炙られてぱちぱちと音を立て、地面に落ちている。
佳彦は無言でそれを眺めていた。
「……お腹は空いてきたかな、キビ」
「え、ああ、はい……」
不意打ちで玉藻から質問を投げかけられ、半ば上の空で答えてしまった。適当に返答してしまったのは申し訳ないが、空腹を覚えているのは事実だ。
そんな佳彦を見て玉藻は満足げに微笑んでいる。
「お腹が空いているって聞いて一安心したわ。やっぱり、どんな状況に置かれても食べて体力をつける事って大切だから。もしかしたら、大変な事に巻き込まれ通しで食欲なんてないかもって思ってたし」
「やっぱり僕、お肉が好きなんだと思うんです」
お肉が好きという主張は、育ち盛りの高校生ならば割とナチュラルな主張だろう。しかし玉藻を見ながらそれを口にした時、何故かうっすらと恥ずかしさを感じてしまった。
気恥ずかしさを払拭しようと、佳彦は串焼き肉を眺め、それから思っていた事を口にしてみた。
「そう言えば玉藻さん。ここって異世界ですけれど僕たちが見慣れた生き物もいるんですね? ウサギとか鳩とか狐とか……もちろん、向こうにはいなかった生き物もいるみたいですけれど」
「そう、そうなのよ!」
玉藻の食い気味な発言に佳彦は目を丸くした。佳彦自身は異世界にやってきたのは初めてだから、異世界の道理は知らない。見慣れた動物と異世界固有の動物がいるのもそういうものなのだと思っていた。
しかし玉藻の反応はどうだろう。まるで佳彦がとても重要な事を口にしたかのような物言いではないか。
「何となくだけど、キビや私が見慣れたと感じる動物たち――ウサギに鳩、もちろん狐もね――は、元々ここにいた存在じゃあないのかもしれないわ。それこそ、私たちみたいに向こうから召喚された生き物かもしれない」
「召喚って、僕たちみたいにですか!」
多分ね。玉藻は言いながら串を動かして火が当たる場所を調整していた。
「まだ断定はできないけどね。もう少し六足獣と私たちの知ってる四足動物の分布とか棲息状況を調べて、その上で判断したほうが良いかもしれないけれど」
「それじゃあ、どうして六足獣、六足の魔物を……」
佳彦は沸き上がる疑問を言い切ろうとしたが途中で口をつぐんだ。勢いよく腹が鳴ってしまったからだ。
※
焼き上がった串刺し肉は二人で分け合って食べた。玉藻は六足獣も四足獣も特にこだわりなく食べ始めていたが、佳彦にはウサギ肉と鳩肉がどれであるかを親切にも教えてくれた。
佳彦は始め、目新しいものを恐れてウサギ肉を食していた。しかしある程度食が進んだところで未知の生物を食する恐怖や不安は何処かに消え失せていた。まぁ要するに空腹という本能に佳彦の理性が屈したという事だ。
モルモットモドキかウサギモドキか定かではないが、佳彦も六足獣の焼き上がった肉にかじりついたのだ。触感は鶏肉以上に弾力があったが、味そのものは今しがた平らげたウサギ肉にそっくりだった。
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