第4話 明らかにされるスキル

「さて今回は、多くの勇者候補が集まってくれたようだな」


 六足の魔物の解説が終わったところでやにわにウルム八世はそんな事を言った。

 勇者と言えば聞こえはいいが、要は六足の魔物とかいう訳の解らない生物と闘い……そいつらを殺せと言われているものだ。尋常ならざる話に佳彦は戸惑い、若干の恐怖さえ感じていた。異世界転移という突飛な内容をサブカルという媒体で十全に知っているにもかかわらず。

 しかしそれに輪をかけて不気味だったのは、ウルム八世の話を聞いていた級友たちの反応だ。様子を見るだに、彼らは国王の話と命令に疑念を抱いている節は無い。もちろん六足の魔物の冒涜的なおぞましさには嫌悪感を示していた。だが彼らは勇者として活躍できる事を期待し、かつ忌まわしき六足の魔物を屠る事に乗り気であるようだった。

――文化祭の時から感じていたけれど、やっぱり俺って感情の起伏とか、そういうのが普通の人たちと違うのか?

――いいえ、そんな事は無いわ。

 ぼんやりと思索の縁に沈む佳彦の心の声に何者かが応じた。若い女の声だったが、聞き覚えの無い声だった。国王の家臣や侍女たちが声をかけたという感じでもない。元より稀有壮大な物語を愛好する性質の佳彦である。今の女の声も、異常な状況から目を逸らすための心の慰みだったのかもしれない。


「ひとまず、諸君らにどのような権能スキルがあるのか。そちらを調べさせていただこうか」


 またも国王が何か手を動かした。やはり何かの合図だったらしい。宮廷術者らしい人物が、黒くて長い裳裾を引きながら小さな台を押してこちらにやって来る。青紫の小さな座布団のようなクッションの上に鎮座しているのは、メロンほどの大きさの透明な玉だった。現世では占いなどで用いられる水晶玉よりも幾分大きい。

――なるほど、あれで権能とやらを……俺たちのスキルとやらを鑑定するんだな。まぁある意味いつも通りかもしれないな

 玉を見つめながら佳彦は思った。彼はウェブ小説にて散見される異世界ものの物語にもある程度詳しかった。クラス丸々異世界に転移する話、水晶と思しき器具を通じてその身に宿るスキルを鑑定する話などは、そう言ったウェブ小説たちから得た知識でもあった。

 もっとも佳彦自身は平凡な一生を送るから、雑学にもならぬ知識だと思ってはいた。しかしまさかこうして、作者と読者の慰みに作られたような小説の一幕に立ち会うとは夢にも思っていなかった。事実は小説より奇なりとは良くも言ったものである。


 さて佳彦がそのように奇妙な感慨に耽っているうちに、スキル鑑定とやらは粛々と進んでいた。佳彦の見立て通り、宮廷術者が持ってきた玉は各個人のスキルを調査するために用いる物らしい。生徒らは一人ずつ呼び出され、件の玉に手をかざして鑑定結果を聞かされ、家臣の命令に従って振り分けられていた。

 剣士、魔術師、使役する者……既に鑑定の済んだ生徒らのスキルはもちろん聞き覚えの無いものであったが、いずれも華々しい活躍を確約する物であろう事は佳彦にもうっすらと理解できた。鑑定結果を見守る宮廷術者たちが生徒を褒めそやしているからだ。もちろん生徒らは喜びの声をあげたり、ぴょんぴょん跳ねる物さえいる始末である。

 異形の魔物を殺す任務を背負っているとは思えぬほどのはしゃぎぶりは、まさしく異世界という名のテーマパークに訪れた子供のようだった。

 ちなみに呼ばれる生徒の順番には規則性は無かった。少なくとも現世での出席簿の順番は無関係のようだ。吉備佳彦は、他の生徒らのスキルとやらがつまびらかにされていくのを長々と見守っている立場だった。宮廷術者の声掛けが未だなされていないから、自分のスキルが何であるかは現時点では不明確である。


「おお、これは……」


 最後から二番目になる生徒・佐藤博の鑑定の折、宮廷術者が感極まったような声をあげた。スキル鑑定用の玉は、さながら龍宮に秘匿された宝珠のように色とりどりに輝いている。黄金のような重厚な輝きを見せたかと思うと、儚く透き通る七色の光に包まれるといった塩梅だ。


「あなたが、あなたこそが真の勇者ですよ! この特別な輝き! この輝きを持つ者こそが我らが救世主です」

「俺が……勇者……?」


 佐藤博はためらいがちに勇者という単語を口にしていた。彼は佳彦ほどではないが、控えめで大人しい生徒に分類される。部活は違えどやはり文化部に属しており、小柄な痩躯はどう見積もっても戦闘向きとは思えない。気弱でおどおどしているように見えるが繊細で心優しい一面があり、実験に使うメダカに対しても心を痛めるような、そんな生徒だった。

 宮廷術者や衛兵たち、そして級友らの歓喜の声を浴びつつも、博の表情はぼんやりとしたものだった。あまり興奮していないというか、強く戸惑っているようだった。奥ゆかしい彼の事だ、勇者などと呼ばれても実感が湧かぬのだろう。

 というよりも、或いは元々からして彼も変に興奮せず、説明を聞いている間も他の生徒らと異なり冷静さを崩していなかったようにも思える。

 あれこれと考察しようと思っていた佳彦だったが、それも宮廷術者の声掛けによって中断された。やっと彼の番が回ってきたのだ。

 命じられたとおりに玉に手をかざす。佐藤博の時は派手だったが、そうでないにしろ手をかざす事によって玉は輝いたりその透明な表面に色彩を見せたりしてくれた。時間にして数十秒から一分程度だったと思われる。

 しかし――玉は佳彦が手をかざしているにも関わらず何一つ変化は起こらなかった。元の透明な状態のまま、冷徹にただそこに在るだけだった。


「もう良いぞ」


 冷ややかな声が真正面からぶつけられる。無機質すぎる声音ゆえに気付かなかったが、声の主は宮廷術者だった。


「キビノヨシヒコ、だったか。お前にはスキルなど何もない。単なる無能のようだな」


 会って間もない少年の事を無能と言い放つ宮廷術者のその眼差しは、人間に対して向けるような眼差しではなかった。

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