第3話 国王の命令

 佳彦たちの前に現れたのは、二人の研究者然とした人物だった。一人は四十代ほどのおばさん、もう一人は教育実習生のような雰囲気の若者だった。研究者っぽく感じたのは服装の為だった。濃紺と墨色を混ぜ合わせたような袖の長い衣装は、その色味を無視すれば現世にある白衣にそっくりだったのだ。

 唐突に姿を現した黒っぽい白衣の二人を、佳彦は何とはなしに観察した。年長な方は杖らしきものを携えているが、若い方はハムスターのように何か丸い物を両手で抱えている。ツボっぽく見えたがそれにしては首のような物が見当たらない。

 それでもそのツボの先端部から、薄紫の煙がゆっくりとたなびいているのが見えた。


『……キビ、構わないわ。私の事は放っておいて。あんな連中、私ひとりで……』

『そんな事をおっしゃらないで、お姉様。私も…………だから……』


――駄目よ、吞まれないで! 気をしっかり保つのよ

 一体誰の声なのだ? トロンとした目でツボを眺めていた佳彦は我に返った。いや、実のところ彼はツボを眺めていたのではなかった。最初のコンマ数秒は確かにツボを眺めていたのだが、脳内で繰り広げられる奇妙な光景を眺めていたのだ。

 それはさながら時代劇の一幕のようだった。闘う準備を決めた女と、そんな彼女を「お姉様」と呼び決意を押しとどめようとする女のやり取りである。鮮明であるはずなのに顔がぼやけたり声の一部にノイズが入ったような感じがして、所々不明瞭なのが気になりはしたが。


「宮廷術者の召還魔法に応じ、遠路はるばる来てくれたのだね、諸君」


 規則的で荘厳な足音と、威厳たっぷりの声が屋敷に響く。

 声の主は中年男性の姿をしていた。宮廷術者と呼ばれた者や佳彦たちと同じく、二本の腕と二本の足を持つ、人間と呼んで遜色のない姿だった。

 そしてこの人物こそが、屋敷のあるじなのだと佳彦は悟った。世界史の成績の悪い佳彦は、海外と言えば淡路島しか言った事のない佳彦は、日本以外の国での王侯貴族のドレスコードなどは知らない。しかし真に権力のある者を前にすれば、彼の持つ威厳や背負っているものを感じ取れるものなのだ。


「初めまして。私はウルム八世。この国の王として、国と民に仕えている――若者たちよ。そう気負わずに楽にすると良い。異世界より召喚したのは我々の都合であるし、往古の伝承にも召喚された客人の無礼には目をつぶるべしとある物だし」


 ウルム八世から威厳を感じるのは変わりない。しかし多少の無礼も許す、という言動には若干の茶目っ気を感じたのもまた事実だ。佳彦の中で警戒心が少しだけ緩んでいた。いつの間にかイワシを狙う鯨のように衛兵と思しき人物が佳彦たちを取り囲んでいるが、敵意らしいものは見当たらなかった。


「さて本題に入ろうか。忌まわしき六足の魔物どもの討伐――これを諸君に行ってもらいたい」


 国王が言い放ち、何か指を動かした。それが家臣たちへの合図だったのだろう。かすかな物音を立てながら、何かが近づいてくる。家臣たちが台車を押して何かを運んできていた。


「ひっ……」

「何、あれ…………」


 眼前に運ばれたものを目の当たりにし、生徒たちが息を呑む。悲鳴じみた声やまろびでた感想を口にする者さえいた。

 ありていに言えば、それは何かの剥製だった。恐らくは生物の……動物の物なのだろう。しかしそれらの剥製は通常の動物と呼ぶには余りにも禍々しく、冒涜的なオーラを纏っていた。

 犬に似た頭部や猛禽のごとき翼、そして大型爬虫類の鉤爪と言った塩梅に、佳彦たちが知るような動物の面影を残している部分もあるにはある。しかしその全体像は佳彦の知るどんな生物とも明らかに異なっていた。

 怪奇作家の悪夢から顕現した妄想、或いは宇宙より飛来した生物だと言われても佳彦は信じたかもしれない。それ程の異様さを、彼らは死してなお発していた。


「これこそが忌まわしき六足の魔物たちである」


 渋面を浮かべ、重々しい声でウルム八世が告げる。六足、という特徴を佳彦は見落としていた。全体も細部も冒涜的すぎて、既知の動物との足の数の違いなど些末な事かもしれないけれど。

 言われてみれば、最も獣に近い剥製は三対の足を持っていた。二対目の足は、所謂普通の動物の前足と後足の間、脇腹のあたりからごく普通に生えているのである。

 しかし六足の魔物と言いつつも、他の剥製は背中からよじれた翼を生やしているものの、胴体から生える足は四本である。そっちはやはり冒涜的な気配に目をつぶればグリフォンやペガサスに似ていた。


「六足の魔物はもとよりこの世界に災いをもたらす忌まわしき存在であると思われている。かつて勇者がこやつらと闘い、魔物どもの首魁を斃したという。全ては駆逐されなかったが生き残った連中は僻地に追いやり封印していたのだ。

 しばらくの間我々はこやつらの存在を忘れられるほどに平和を享受していたのだが、また最近になって奴らが何処からともなく姿を現しよった。

 六足の魔物が封印をかいくぐり我らに害をなすのは、実は昔からあった事なのだそうだ。老魔導士によると、我々で食い止められぬほどに六足の魔物の勢力が増した時には、召還魔法で呼び出した勇者たちがあやつらを打ち滅ぼすであろうと教えてくれたのだ……」


 ウルム八世はここから更に、六足の魔物の特徴について語ってくれた。高校生である佳彦には難しい事は解らない。だから彼が受け取ったのは、国王と国民が六足の魔物を激しく憎悪しているという事だけだった。

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