第2話 王宮への転移
異変に気付いたのは何も佳彦だけではなかった。全員異変には気付いていた。何しろ自分たちは光に包まれ、ついで重力に逆らっているかのような浮遊感に襲われているのだから。おまけに暗幕に包まれたかのように周囲の景色は見えないと来ている。
「うわっ、一体何なんだ」
「ちょっと怖いんだけど」
「落ち着け、落ち着くんだ……」
なるべくバラバラにならないように注意している彼らだったが、その声からは戸惑いや怯えの色がありありと浮かんでいた。ヤンチャな男子やちょっとギャルっぽく背伸びしている女子もいるが、彼らは所詮ミドルティーンの子供なのだ。しかも文化祭の慰労会だから、指導者たる教師もいない。教師がいた所で何か変わるのか否かは定かではないが……生徒らは牧羊犬や山羊を見失った羊のように怯え、成り行きに任せるしかなかったのだ。
「キビノー、俺たち、一体どうなるんだろうな」
「……解んないよ。だけど、成り行きに任せないと」
「キビノってめっちゃクールだなぁ。羨ましいよ」
――クールに見えるって言われても、俺も内心焦ってるんだけどなぁ……
お調子者の浮田徹から羨望の眼差しを向けられるが、佳彦は曖昧に笑って応じるだけだった。佳彦だって人並みに感情のうねりはある。もちろん喜怒哀楽はある。ただ、その表現の仕方が猫のように控えめなだけなのだ。周囲からはもちろん誤解されていた。良い意味ではクール、悪い意味では無感動な奴である、と。
とはいえその誤解を積極的に解こうとは佳彦も思っていない。特に向こうは悪さをするわけでもないのだ。思いたいように思わせておけばいいのではないか。そんな風に思って過ごしている。
あるいはそれこそが、彼がクールであると評される真の理由なのかもしれないが。
そうこうしているうちに浮遊感が収まり、佳彦たちは柔らかく地面に降り立った。柔らかいのは彼らの足裏ではなく地面の方である。人間は肉球を持たないし、そもそも靴を履いているのであったとしても役に立たない。
彼らが降り立ったのは室内、いや屋敷の一角だった。屋敷というほかないと佳彦が思ったのは、三十人の高校生らを収容してもなおスペースに余裕があるのを見て取った為だ。下手をすれば先程までいたファミレスよりも広いかもしれない。浮遊していたはずの彼らを優しく受け止めたのは若草色の絨毯だった。ユキヒョウの毛皮のように柔らかくしなやかである。本物のユキヒョウのように衝撃を吸収するのにもってこいであろう。
いかにも高級そうな部屋だという印象を更に強化したのは、壁に掛けられた布織物やこれ見よがしに鎮座された調度品たちだった。一般庶民たる佳彦の眼から見ても、一級品で作るにも買い求めるにも相当の資金がかかっているであろう事が伺えた。
但し、絵のモチーフはいずれも異様な物ばかりで、いっそ悪趣味にも思えた。いずれも武装した戦士や猟犬のような獣が、六足の怪物や腕が四本ある亜人を殺している場面ばかりなのである。教科書に載っている風刺画のように、斃されている異形たちは殊更醜悪に描かれているようだった。
それよりも不気味なのは、剣で貫かれ引き裂かれている怪物たちの血液が、青緑色で表現されている事だろう。
「陛下! 召還魔法に成功いたしました」
状況が解らずへどもどしている佳彦たちの耳に、中年女性と思しき声が何事か言っているその声が聞こえてきた。
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