第1話 ファミレスで光る魔法陣

「それじゃーあ、かんぱーい」

「かんぱーい」

「かんぱーい」

「かんぱーい」

「やっぱり俺ら、頑張ったねぇー」


 安物のグラスをぶつけ合うささやかな音と共に、乾杯の音頭があちこちで上がっている。声は明らかに少年少女のものであるがそれはまぁ当然の話だ。今このファミレスの一角は、文化祭の慰労会を行うべく集まった高校生たち総勢三十名が占拠しているのだから。

 どこぞのサラリーマンのような掛け声を上げているが、彼ら彼女らの飲み物がなべてソフトドリンクの類であるのは言うまでもない。ヤンチャそうなのもギャルっぽいのもいるものの、彼らはお行儀の良い子供たちなのだから。


「……ふぅ」


 仲間たちの喧騒をガラス越しに見つめるような眼差しを向けつつ、吉備佳彦きびのよしひこは軽くため息をついた。文化祭での活躍をねぎらい合う若者たちと佳彦はクラスメイトの関係にあった。とはいえ、慰労会に臨むその態度にはあからさまな温度差があった。

 無理からぬ話だ。盛り上がっている生徒らはおおむね運動部であったり、帰宅部でもセンスとノリのいい生徒が主である。彼らはコツメカワウソのように底抜けに明るく、陽気で、ついでに言えばクラスの出し物を充実させるのに大いに貢献した手合いだ。チャラさと爽やかさが微妙に入り混じったイケメンも、裏声が可愛いギャルっぽい女子も、文化祭の当日に模擬店で売り子として活躍していた訳であるし。

 一方、サブカル研究部という文化部中の文化部に所属していた佳彦は、あんまりクラスの出し物に協力できなかった。文化祭の時に所属する部活の出し物を優先せねばならないのは文化部員の宿命である。だがそれ以上に、佳彦はクラスメイト達といる事に居心地の悪さを感じる生徒でもあった。別にいじめられている訳ではない。ただ、内向的すぎるが故に、テリア犬よろしくじゃれ合う級友たちのノリについていけないのだ。

――ついてきたのは正しかったのかな。まぁ、みんな俺を気にしてないみたいだし、さっさと帰っても良かったかも

 気泡が浮かぶメロンソーダを舐めつつ、佳彦はおのれの判断を吟味していた。舌先で踊る炭酸を感じている間に、これらの悩みも些末な事のようにも思えた。慰労会であれ何であれ、拘束時間はせいぜい二時間程度だ。幸い絡んでくる相手もほとんどいないし、飲み食いして時間を潰せばいいだろう。そう思うと気が楽になった。

 もしかすると、飲んでいたメロンソーダが美味しかったから、それだけで気分が上がっただけかもしれないが。


「あーっ、こぼれちゃったぁー」


 女子の一人が声をあげる。はしゃぎすぎて腕でも当たったのだろう。隣のテーブルではアイスミルクティーのカップが倒れ、中身がぶちまけられていた。声の主も近くに座っていた者たちも、慌てておしぼりで応対しようとしている。

 それらを眺めているうちに、佳彦はある事に気付いた。こぼれたアイスミルクティーの表面が、奇妙な塩梅に光りはじめていたのだ。

 メロンクリームのような色調の、しかし表面は虹色がかったその光は次第に大きくなり、三十人の生徒らがたむろする一角を囲むように発光を続けている。

 魔法陣かもしれない。サブカルを嗜む佳彦はとっさにそんな事を思った。

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