51

夕食は、桔花の好物ばかり出た。食後にはデザートまで用意されていて、至れり尽くせりの時間だった。周りに気を遣わずに、好きなものを好きなだけ食べられる幸せを、改めて感じた。


「ねぇ、お母さん」


空になった食器を洗いながら、桔花は学園での生活について話して聞かせた。というのも、待てど暮らせど、母が何も聞いてこなかったからだ。表面だけの質問ならされた。友だちはできたのか、学園は楽しいのか、困っていることはないか。

だけど、それら一つひとつについては、深く聞いてこない。

友だちができたと言えば、「おめでとう」。

学園生活が楽しいと言えば、「安心した」。

困っていることはないと言えば、「良かった」。

たった一言だけで、話を片付けられてしまう。

話が膨らまないと、聞きたかったことも聞けない。自然な流れで、フヨウツミに繋げたかったのだが……。


「学園の話もいいけれど、私の話も聞いてくれない? あなたがいない間、とんでもないことが起きたのよ」


いくら頑張っても、強制的に話題を変えられてしまう。とんでもないことと大袈裟に言っておきながら、中身の無い薄っぺらい話をされる。足の指の爪が欠けたとか、塩と砂糖を間違えて調理したとか、ブラウスのボタンを掛け違えたまま買い物に出たとか。だから何だとツッコミを入れたくなる。


「昨日テレビで、有名な占い師が言ってたんだけど……」


試しに、他の話を振ってみる。特に邪魔されることなく、母は最後まで聞いてくれた。

学園の話だけだ。どう切り込んでも、サラリと流される。この場合、直球で聞いた方がいいんだろうか。でも、フヨウツミが地雷ワードだったら取り返しがつかない。母は永久に口を閉ざし、謎は謎のまま、学園に戻ることになってしまう。とにかく、喉から手が出るほどに情報がほしい桔花からすると、ここでのミスは許されなかった。


「手が止まってるけど、どうかした? 水、勿体ないよ」

「あ、ごめんごめん」


悩みに悩んで、桔花は話を聞き出すのをやめた。諦めたわけではない。出直すのだ。策を練ってから、もう一度挑戦しよう。

学園に帰るまで、後6日もあるのだから。




その夜、桔花は晃に電話をかけた。繁夏に言われたことを伝えるためだ。


「もしもし、桔花? 待ってたよ、連絡!」

「ごめんね、遅くなって」

「本当だよ。夏祭り明後日だからさ、今日こなかったら、こっちから電話しようと思っていたところ。で、呪いは? どうだって?」

「呪いがあるかは分からなかったけど……。うん、大丈夫だと思う。晃の言う通り、向こうは生きている人間で、私たちと変わりないから」

「でもぉ、黒魔術の使い手だったりしない? 人を呪うことに長けてるかもよ?」


晃の思っていた答えを出せなかったことが申し訳なくて、桔花は黙り込んだ。どう説明するのが正解なんだろう。「学長の娘だから、大丈夫」?

黙っていてくれと頼まれている手前、それ以外の言葉で納得させるしかない。


「まあ、いいや」


引き下がったのは晃だった。


「関わってはいけない女がアドバイスをくれたことは確かだし、悪い人じゃないでしょ」

「……大変、申し上げにくいのですが」

「な、何よ。まさか、アドバイスは聞き間違えだったってこと?」

「まさにその通りでして。彼女は自分の名前を言っただけみたい。沙世絵って」


少しの間があいて、晃がアッと声を上げた。


「うわっ、母音が一緒! サヨエとサソエ」

「そうなの。完全に聞き間違えだね」

「マジか……。あ、でも「遊べ」は?」

「母音一緒だから、ほら……」

「納得。ごめんね、くだらないことに付き合わせて」


落胆したような声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、


「でも、そのめでたい勘違いのおかげで、デートできるんだもんね。安いもんだわ!」


彼女は豪快に笑って、浴衣買いに行ってくると電話を切った。張り切っているようだ。

何はともあれ、元気になってくれて良かった。

夏祭りが終わった頃に、また連絡してみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る