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夕食は、桔花の好物ばかり出た。食後にはデザートまで用意されていて、至れり尽くせりの時間だった。周りに気を遣わずに、好きなものを好きなだけ食べられる幸せを、改めて感じた。
「ねぇ、お母さん」
空になった食器を洗いながら、桔花は学園での生活について話して聞かせた。というのも、待てど暮らせど、母が何も聞いてこなかったからだ。表面だけの質問ならされた。友だちはできたのか、学園は楽しいのか、困っていることはないか。
だけど、それら一つひとつについては、深く聞いてこない。
友だちができたと言えば、「おめでとう」。
学園生活が楽しいと言えば、「安心した」。
困っていることはないと言えば、「良かった」。
たった一言だけで、話を片付けられてしまう。
話が膨らまないと、聞きたかったことも聞けない。自然な流れで、フヨウツミに繋げたかったのだが……。
「学園の話もいいけれど、私の話も聞いてくれない? あなたがいない間、とんでもないことが起きたのよ」
いくら頑張っても、強制的に話題を変えられてしまう。とんでもないことと大袈裟に言っておきながら、中身の無い薄っぺらい話をされる。足の指の爪が欠けたとか、塩と砂糖を間違えて調理したとか、ブラウスのボタンを掛け違えたまま買い物に出たとか。だから何だとツッコミを入れたくなる。
「昨日テレビで、有名な占い師が言ってたんだけど……」
試しに、他の話を振ってみる。特に邪魔されることなく、母は最後まで聞いてくれた。
学園の話だけだ。どう切り込んでも、サラリと流される。この場合、直球で聞いた方がいいんだろうか。でも、フヨウツミが地雷ワードだったら取り返しがつかない。母は永久に口を閉ざし、謎は謎のまま、学園に戻ることになってしまう。とにかく、喉から手が出るほどに情報がほしい桔花からすると、ここでのミスは許されなかった。
「手が止まってるけど、どうかした? 水、勿体ないよ」
「あ、ごめんごめん」
悩みに悩んで、桔花は話を聞き出すのをやめた。諦めたわけではない。出直すのだ。策を練ってから、もう一度挑戦しよう。
学園に帰るまで、後6日もあるのだから。
その夜、桔花は晃に電話をかけた。繁夏に言われたことを伝えるためだ。
「もしもし、桔花? 待ってたよ、連絡!」
「ごめんね、遅くなって」
「本当だよ。夏祭り明後日だからさ、今日こなかったら、こっちから電話しようと思っていたところ。で、呪いは? どうだって?」
「呪いがあるかは分からなかったけど……。うん、大丈夫だと思う。晃の言う通り、向こうは生きている人間で、私たちと変わりないから」
「でもぉ、黒魔術の使い手だったりしない? 人を呪うことに長けてるかもよ?」
晃の思っていた答えを出せなかったことが申し訳なくて、桔花は黙り込んだ。どう説明するのが正解なんだろう。「学長の娘だから、大丈夫」?
黙っていてくれと頼まれている手前、それ以外の言葉で納得させるしかない。
「まあ、いいや」
引き下がったのは晃だった。
「関わってはいけない女がアドバイスをくれたことは確かだし、悪い人じゃないでしょ」
「……大変、申し上げにくいのですが」
「な、何よ。まさか、アドバイスは聞き間違えだったってこと?」
「まさにその通りでして。彼女は自分の名前を言っただけみたい。沙世絵って」
少しの間があいて、晃がアッと声を上げた。
「うわっ、母音が一緒! サヨエとサソエ」
「そうなの。完全に聞き間違えだね」
「マジか……。あ、でも「遊べ」は?」
「母音一緒だから、ほら……」
「納得。ごめんね、くだらないことに付き合わせて」
落胆したような声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、
「でも、そのめでたい勘違いのおかげで、デートできるんだもんね。安いもんだわ!」
彼女は豪快に笑って、浴衣買いに行ってくると電話を切った。張り切っているようだ。
何はともあれ、元気になってくれて良かった。
夏祭りが終わった頃に、また連絡してみよう。
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