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母との攻防戦は、今日まで続いていた。口を滑らせるまで、桔花は何度も学園の話をしたのだが、結果は変わらず。全く関係無い話をしている最中に、「そういえば」と思い出したように口にしても引っかからない。最初は返事をしてくれていた母も、2日経つ頃にはうなずくだけの人形になってしまった。
「今日もダメか……」
これみよがしに呟くと、
「まだ聞いてくるか……」
母も独り言にしては大きな声で言う。
「ねえ、勿体つけずにさ。話してくれたっていいんじゃない?」
「勿体つけてるわけじゃない。聞いて面白い話なんて持ち合わせてないから」
謙遜だ。どう考えても。母レベルの人間が青春を味わえないなんて、ありえない。友だちと朝まで夢を語り合ったり、恋だの愛だので盛り上がったりしていたはずだ。一度、内緒で卒業アルバムを見たことがあるが、母はたくさんの友人に囲まれていた。笑い声が聞こえてきそうなほど満面の笑顔を浮かべて、世界中の誰よりも愛されているように見えた。
楽しい思い出、いっぱいあると思うんだけど……。桔花は母のたおやかな髪を見つめながら、浮かんだ疑問を心にしまった。
この際、どうにでもなれ精神でぶつかるしかないのかもしれない。早々に白旗を上げて、最終手段に移る。下手な小細工はせず、最初からこれ一本でいけば良かった。
「……しつこく聞いてごめんね。誰にだって、話したくないことの1つや2つあるのに。もちろん、私にも」
しおらしく反省の言葉を述べる桔花に、わずかだが母も警戒を解いた。
「分かればいいのよ。私も意固地になって、大人げない態度を取っちゃったし。ごめんね」
「謝らないで、お母さんは悪くないんだから」
いやいや、私が悪い。
いやいやいや、私だよ。
いやいやいやいや……。
お互いに主張を変えず、話が無駄に長引く。
どちらも悪いってことで。痺れを切らした桔花が提案して、母も笑いながらうなずいた。
……今の雰囲気なら、直球で投げたボールを拾ってもらえるかも。
「フヨウツミって何?」
はははと笑った顔のまま、母の目が見開かれた。
「フヨウツミ、知らない?」
これは知っている者の反応だ。分かっていながら、あえて聞く。しらばっくれないで答えて。心の中で呼びかけると、母の口が動いた。
「芙蓉摘みは架秋女学園の伝統行事。芙蓉の花が見頃を迎える9月に、毎年開催される」
サイトの説明文を読んでいるかのように、事務的な口調だ。
「それって、何をする日なの? 花を摘みに、どこかへ行くの?」
「芙蓉の花言葉には、美に関するものがある。このことから、学園で最も美しい少女が芙蓉として選ばれる」
「その……、選ばれたらどうなるの?」
母の話し方がいつもと違うせいで、質問しにくい。同じことしか言わない、RPGの村人みたいだ。プレイヤーである勇者がいくら質問しても、「大変だ! お姫様がさらわれたぞ!」しか言わない。だから、姫はどこに行ったんだ。有力な情報は1つもくれない。
「選ばれたところで、特別なことは何もない。心ばかりの景品が貰えて、ほとぼりが冷めるまで『芙蓉の花』と呼ばれるくらい」
奨学金の免除が受けられたり、学食で使える無料券が貰えたりするものだと想像していた桔花は、勝手に落胆した。景品と言ったって、この様子じゃ図書カードか安っぽい盾だろう。
「それじゃ、芙蓉に選ばれたいって人、あまりいなかったんじゃない?」
桔花自身、何の興味も湧かなかった。学園で1番美しいと褒められて、少しだけ調子に乗るくらいだろう。それも、時間が過ぎたら慣れる。慣れてしまえば、いつもの日常だ。
「選ばれたからって、何になったのよ。本当、馬鹿みたい」
「……お母さん?」
「何でもない。疲れたから、少し休ませて」
ふらりと立ち上がると、母は自室に戻った。
様子がおかしかったけど、大丈夫だろうか。
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