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桔花にとって幸いだったのは、ほんの数日後に帰宅予定があったことだ。それまでの間、避けられるだけ彼女を避けた。朝はなるべく早く起きて、繁夏の眠る横で静かに支度。目覚める前に、自習室に向かう。内側から鍵をかけると、ほんの少しの安らぎを得ることができた。

誰も入ってこない。繁夏も、関わってはいけない女も。

桔花は夏休みの課題に精を出した。洋楽やゲームのサウンドトラックを聞きながら、問題を解いていく。早く、今日が終わりますように。

ちらちらと窓の外を見やり、真っ青な空を睨みつけた。まだ昼にもなっていないじゃないか。

右手に力が入って、シャーペンの芯が折れた。これで3本目だ。

補充しようとペンケースを漁っていると、着信が鳴った。渓等だ。何だったかを調べると約束していたが、それだろうか。桔花は記憶の糸を辿り、その何かを思い出す。芙蓉ツミだ。


「もしもーし、どうですか。夏休みの方は」

「おかげ様で。でも、ごめんなさい。あの話なら、まだ調べられていません」

「おけー。何となく、そうだろうと思ってたから平気。それより、大丈夫?」


とぼけようとしたが、できなかった。

学園にいない、寮にいない、第三者。気持ちを吐露する相手としては、申し分ない。これほど適任もいないだろう。


「……助けて、渓等さん。この学園、変なんです」


シンプルな質問の裏で、彼の名刺のことを思い出した。困る子、困らせる子。桔花と繁夏の関係をピタリと言い表している。渓等は、未来を予知したんだろうか。


「困っています」

「よし、言えたね。何があったか、話を聞かせてもらってもいい?」


彼に言われるがまま、何でも答えた。時折くる質問につまずきながらも、自分の言葉できちんと説明した。


「なるほど、大体はつかんだ。気になるのは、困らせる子……、繁夏さんの様子だね」

「私も気にはなっているんです。でも、会話するのは厳しくて」

「うんうん、無理しないで。罪悪感があると思うけど、距離をとるって判断は正しいと思う。もっと言えば、寝る時も別々であってほしいけど」


それは難しいもんね、と彼は苦笑いする。


「しっかし、俺が忙しくしている間に、大変なことになってるじゃん。芙蓉ツミの調査なんかしなくていいから、自分の身を守るんだよ」

「分かっています。引き受けておいて、申し訳ないんですが」

「できたら、の口約束でしょ。引き受けるもクソもないよ。気にしないで」


桔花と渓等は軽く話をした後、電話を切った。

夏休み最終日に会う約束をして、それまでは各々調査を進める。桔花は母に、渓等は地域住民に話を聞いて回る。新しい情報が出てくることを祈りながら、桔花は課題に戻った。

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