46
桔花にとって幸いだったのは、ほんの数日後に帰宅予定があったことだ。それまでの間、避けられるだけ彼女を避けた。朝はなるべく早く起きて、繁夏の眠る横で静かに支度。目覚める前に、自習室に向かう。内側から鍵をかけると、ほんの少しの安らぎを得ることができた。
誰も入ってこない。繁夏も、関わってはいけない女も。
桔花は夏休みの課題に精を出した。洋楽やゲームのサウンドトラックを聞きながら、問題を解いていく。早く、今日が終わりますように。
ちらちらと窓の外を見やり、真っ青な空を睨みつけた。まだ昼にもなっていないじゃないか。
右手に力が入って、シャーペンの芯が折れた。これで3本目だ。
補充しようとペンケースを漁っていると、着信が鳴った。渓等だ。何だったかを調べると約束していたが、それだろうか。桔花は記憶の糸を辿り、その何かを思い出す。芙蓉ツミだ。
「もしもーし、どうですか。夏休みの方は」
「おかげ様で。でも、ごめんなさい。あの話なら、まだ調べられていません」
「おけー。何となく、そうだろうと思ってたから平気。それより、大丈夫?」
とぼけようとしたが、できなかった。
学園にいない、寮にいない、第三者。気持ちを吐露する相手としては、申し分ない。これほど適任もいないだろう。
「……助けて、渓等さん。この学園、変なんです」
「困ってる?」
シンプルな質問の裏で、彼の名刺のことを思い出した。困る子、困らせる子。桔花と繁夏の関係をピタリと言い表している。渓等は、未来を予知したんだろうか。
「困っています」
「よし、言えたね。何があったか、話を聞かせてもらってもいい?」
彼に言われるがまま、何でも答えた。時折くる質問につまずきながらも、自分の言葉できちんと説明した。
「なるほど、大体はつかんだ。気になるのは、困らせる子……、繁夏さんの様子だね」
「私も気にはなっているんです。でも、会話するのは厳しくて」
「うんうん、無理しないで。罪悪感があると思うけど、距離をとるって判断は正しいと思う。もっと言えば、寝る時も別々であってほしいけど」
それは難しいもんね、と彼は苦笑いする。
「しっかし、俺が忙しくしている間に、大変なことになってるじゃん。芙蓉ツミの調査なんかしなくていいから、自分の身を守るんだよ」
「分かっています。引き受けておいて、申し訳ないんですが」
「できたら、の口約束でしょ。引き受けるもクソもないよ。気にしないで」
桔花と渓等は軽く話をした後、電話を切った。
夏休み最終日に会う約束をして、それまでは各々調査を進める。桔花は母に、渓等は地域住民に話を聞いて回る。新しい情報が出てくることを祈りながら、桔花は課題に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます