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それはそれは嬉しそうな彼女に、桔花は何も言えなかった。


「あの日ね、めちゃくちゃ悩んでたんだ。頑張って気持ちを伝えても、大吾は興味ないの一点張り。諦めちゃおうかなって思ったし、いつメンもみんな、脈ナシだからやめろって言うんだよ。

今思えば、脈アリか脈ナシかなんて、大吾にしか分からないのにね。本人の言葉より、他人の言葉を真に受けちゃった」


その気持ちは分からなくもない。面と向かって言われる悪口よりも、人伝に聞く悪口の方が刺さる。小学生の頃、クラスにいたチクリ魔のことを思い出す。


「AちゃんがBちゃんのこと、嫌いだって言ってたよ」


それは彼女のデタラメな嘘だったのだが、人伝効果で真実に成り代わった。Bちゃんは最後まで、Aちゃんに嫌われていると信じて疑わなかった。あれは一体、どういう仕組みなんだろう。どうして近くの仲間を信じずに、遠くの敵の言葉を鵜呑みにしてしまうんだろうか。大きくなった今でも、その謎は解けない。


「でもね。諦めることは決めたけど、ただで身を引くのは私らしくないなって。どうせなら、一発ぶちかましてやりたくて。

考えてたの、どうしようか。夏休みに入るし、そしたら家に帰れる。隣の家に住んでいる、大吾に会える。

何か特別な思い出を残せたらいいのにって思った時、そうだ、夏祭りがあるじゃん! って」

「それで誘ったんだね。勇気を出して」


桔花が言うと、晃は満面の笑みでうなずいた。


「そう。その勇気をくれたのが、関わってはいけない女。廊下でぶつかった時に、彼女が囁いたの。って、って」

「そんなわけない!」

「分かる、信じられないよね! 私もビックリしたもん」

「そうじゃなくてっ!」


ぶつかったって、アレに?


「ぶつかるよ、そりゃあ。向こうだって生きてるんだから」

「生きてる…………?」

「そうだよ。知らなかったの?」


知らなかった。七不思議と呼ばれるからには、人ならざる者、もしくは既に亡くなった者であることが前提だと思っていた。生きている人間には説明できないからこその、七不思議じゃないのか。

関わってはいけない女が、自分たちと同じ生きた人間。そうなると、話はガラリと変わってくる。

関わったら死ぬなんて、とんだ虚言だ。そんな力が、ただの人間に備わっているはずがない。

ならばなぜ、そんないわくがついているのか。


「桔花、おーい。聞いてる?」


長いこと黙ってしまっていたらしい。彼女の呼ぶ声で我に返る。


「顔色、悪いね。途中で倒れてもアレだし、寮室まで送ってあげる」


心遣いに感謝しつつ、晃に身体をあずけた。

暑いはずなのに、悪寒が止まらない。

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