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寮室の前には、知里と鳴見が立っていた。足元には数個の荷物。帰宅準備が終わったところだろうか。桔花は知里と顔を合わせにくかったが、そんなことなど知らない晃はどんどん先へ行ってしまう。


「あっ、来た来た! きーちゃん、どこをほっつき歩いてたの?」


鳴見が駆け寄ってきて、桔花の肩を抱く。出会った頃にもこんなことをされなかったっけ。

あの時はグイグイくる感じが苦手で、自然と距離をとってしまったが、今は気にならない。

彼女が満足するまで、されるがままになってあげてもいいと思えるようになった。

……上から目線で、何を言っているんだろう。


「桔花ちゃん! ……と、晃ちゃん? お疲れ様。良い夏休みをって、挨拶したくて待ってたの」


知里はもじもじしながら、自身の鞄の持ち手を握っては離すを繰り返す。

わざと明るく振る舞っているんだろうと、安易に想像がついた。彼女の目元には涙の流れた跡が痛々しく残り、額には爪で引っかかれたような傷がある。頭をつかまれた時に、ガリッといってしまったんだろうか。かなり目立つ位置についている。

ここでも桔花は話題に触れられず、何も知らない晃が諸々聞いてくれるのを待った。


「ど、どどどうしたの、その傷! 誰にやられたの? 酷いやつも居たもんだね」

「……ち、違うよ。転んだの、盛大に。ズコーッて、顔面からダイブしちゃって」

「あらら、災難だったね。やっぱ、終業式なんか行かなくて正解!」

「なるほど、晃ちゃんもただのサボりだったんだね」


じろりと見ると、彼女は鼻歌で誤魔化した。紛らわしいから、訳ありげな態度をとるのはやめてほしい。正直に、『好きな人とメッセージのやり取りをしてました』で良かったのに。

桔花が冗談めかして言うと、晃の頬が真っ赤に染まった。どうやら図星だったようだ。


「そ、それじゃあ、私は帰る! 桔花、知里。新学期、元気に会おう」

「うん、デート頑張って。良い報告、楽しみに待ってるから」

「えっ、デート!? いいね、応援してる! また夏休み明けに。バイバーイ」


挨拶が済むと、晃は長居無用と言わんばかりにさっさと帰って行く。途中、振り返りそうに見えたが、ぞろぞろとやって来た帰省ラッシュの波にのまれ、その視線の行方は分からずじまいだった。


「よーし、私たちも行こうか。ちーちゃん、荷物貸して」


人の流れが途切れたタイミングを上手く狙って、鳴見は荷物を抱える。そのほとんどが知里のもので、鳴見の荷物といえばスクールバッグ1つだった。それもぺしゃんこで、ペンケースくらいしか入っていなそうな。これだけなのも珍しい。


「ありがとうございます。……じゃあ、またね。桔花ちゃん」

「うん。2人共、気をつけて。鳴見さん、冷たいものを食べ過ぎて、お腹壊さないように」

「やかましい!」

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