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「いいこと?」
「うん。これを最初に教えるのは、男運ゼロ仲間の桔花からって決めてたんだ。マジで、泣いて感謝すると思うよ」
晃の中の桔花は未だに、自然消滅を狙うダメ男、渓等に縋りつく哀れな少女のようだ。何度も訂正を試みたが、一向に分かってもらえない。それどころか、話をすればするほど、不幸エピソードが増えていくものだから困る。
ついにこの間は、渓等の妹(実際、いるんだろうか)に「アンタなんかにお兄ちゃんは渡さない。ウチの敷居をまたぐな」と追い出されたことになった。自然消滅編は終わり、恋の
「どこから話そうかなぁ。結論からじゃ面白くないよね」
「結論だけでもいいよ」
「なになに。いつも以上にドライじゃん。何かあった?」
あったはあったが、彼女に話したところで解決するものでもない。問題は桔花自身にあるのだから。黙って首を振ると、隠さずに話してみろと催促されるでもなく、「あっそ」の一言で片付けられてしまった。そんなものだ。
「でね、5日前くらい前のことなんだけど……」
彼女は盗み聞きを恐れているのか、桔花の耳に口を寄せた。かろうじて聞き取れるくらいの声量で、いいことを教えてくれる。
「私、幼馴染を好きになったって話したじゃん? ダメ男にフラれてから、恋愛しないなんて言ったけど」
「あー、大吾くんね」
「そうそう。良く覚えてたね」
覚えてるも何も、あれだけ聞かされていれば覚えるなという方が難しい。『だい』は大きい、『ご』は漢数字の五の下に口。聞いてもいないのに、漢字まで教えられた。
口を開けば、大吾、大吾、大吾……。
インコに言葉を覚えさせようと、躍起になった飼い主みたいだった。
どんな顔なのかも、どんな性格なのかも分からない赤の他人の名前を知ったところで、何の利益もない。だが、覚えていないと晃が怒る。
だから桔花は、その名前を常に頭の片隅に置いて、生活しなければならなかった。
初めは4つの漢字の組み合わせだった。
だけどそれは、晃から与えられる情報をもとに、徐々に男性の姿をつくり上げていった。
彼女いわく、大吾の身長は176センチくらい。顔は某有名人をベースに、二重をとり、ほくろをとり、目を吊り上がらせた感じ(原文ママ)。それはもう、某有名人じゃない。完全にオリジナルだ。ツッコミを入れながら、想像を膨らませていく。その結果、桔花の頭の中の大吾は、下手なコラージュ画像よりも見るに堪えない男になった。不細工で、不恰好。
晃には見せられない。
「それでその、大吾くんがどうしたの?」
「ある人に背中を押されて、デートに誘ったの。夏休み、一緒にお祭りでも行かないかって」
「へえ。でも、結果じゃないよ。プロセスが大事だから」
「ちょっとちょっとちょっと、断られてないから!」
断られてない?
「仕方ないからいいよ、だって! ね、すごくない!?」
「すごい、おめでとう。なんだっけ、作戦名」
「『押して押して、恋の穴に追い込め作戦』ね。……って、違う違う。これが上手くいったわけじゃないの」
じゃあ、どうして。聞くより早く、晃が答えた。
「ぜんぶぜーんぶ、関わってはいけない女のおかげ!」
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