入学式

あれから数日後。桔花はついに入学の時を迎えた。

真新しいフリルブラウスとジャンパースカートを身に纏い、鴉のように真っ黒なリボンで髪を結う。これがなかなか難しく、予想外に時間がかかってしまった。

こんな面倒なものが慣わしになっているところもまた、架秋女学園の歴史を感じさせる。胸元に祝いの花をつけるのではなく、髪に黒いリボンなんて聞いたことがない。めでたさを微塵も感じない。

桔花は葬式の参列者のようなスタイルがどうしても気に入らず、ため息をついた。幸い、こと架秋女学園のことになると口うるさくなる母親は、出張で家をあけていた。入学式に参加できないことを申し訳なさそうに謝っていたが、桔花としてはホッとするところがあった。




準備を済ませ、外に出る。そこに、丁度よく一台の車がとまった。誰もが知る高級車から降りてきたのは、母の妹である留守侑名るすゆうなだ。


「おはよう、桔花ちゃん。似合うわね、制服」

「おはようございます。どこか変じゃないですか?」

「ええ、大丈夫よ。強いて言うなら、リボンが曲がっているくらいね」


侑名は茶目っ気たっぷりに笑うと、桔花を手招きした。


「あっち向いて。直してあげる」

「すみません、何から何まで」

「送り迎えのこと? 気にしなくていいのよ。後でお母さんからたっぷりもらうから、なんてね」


冗談を言いながら、手早くリボンが結ぶ侑名。


「どうせなら、髪をちゃんとセットしてあげるべきだったわ。一本に結ぶにしたって、触角だっけ? ほら、横から出すやつ」

「いいんです。ふよふよして気になるから」

「えーっ。なら、せめてハーフアップとかさ」


いいのかなぁ、これで。ぼそりと呟いて、桔花の髪を指先で弄ぶ。写真映えしない。美人なのにもったいない。若々しくない。こちらの顔色を窺いながら、好き勝手言っている。桔花は侑名の求めている言葉が分かっていたが、だんまりを決め込んだ。

どうしても、この髪型で行きたい。その強い意志の裏には、繁夏の存在があった。あの日、初めて会った彼女は一本で結っていた。同じ髪型をしたとて、対等に並べるわけではない。それでもいいから、近づいた気分だけでも味わいたかった。

繁夏は不思議な人だ。出会ったその日は、ただ美しいと見惚れるくらいで済んだのに、時がたてばたつほど望んでしまうようになった。彼女のようになりたいと言うよりも、彼女そのものになりたいと。


「そろそろ行こうか。初日から遅刻なんかさせたら、お母さんに怒られちゃうもんね」


最後に桔花の髪を名残惜しそうに撫でて、侑名が車に乗り込む。


「さ、早く乗って。本当の本当に遅刻するわよ」


それだけは嫌だ。慌てて後部座席に乗り、シートベルトを締める。

これから3年間、人生で初めて、母以外の人たちと暮らすことになる。夏、冬の長期休みにしか、ここには戻って来れない。心の中で別れを告げて、流れる景色から目を背けた。

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