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校門前は新入生やその親たちでごった返していた。桔花と侑名は連れ立って、ひたすらに入り口を目指す。入学式と達筆で書かれた看板の前を横切る時、ほんの一瞬だけ侑名が足を止めた。写真を撮りたかったんだろう。記念の1枚のために、彼女は一眼レフを持参していた。そんな大袈裟な。ただの入学式だというのに。内心、そう思いながらも桔花は喜びを感じていた。
「おはようございます。この度は、ご入学おめでとうございます」
玄関に足を踏み入れると、すかさず上級生たちがやって来た。口々に祝いの言葉を述べ、式の会場である体育館まで案内してくれた。保護者はここで待機することになっているようだ。侑名は迷いなく、1番前の席を陣取る。新入生入場という、絶好のシャッターチャンスをものにするためだ。
桔花はというと、一旦体育館を出て、その横の会議室に通された。緊張した面持ちの新入生たちから、遠慮がちに視線が向けられる。誰もが知り合いの姿を探して、安心したがっているのが分かった。桔花は部屋の隅に身を寄せて、意味もなく前髪を撫でつけた。
「も、もしかして、留守さん?」
肩をトントンと叩かれて、桔花は振り返った。背の低い、少々華奢すぎるほどの女の子が立っている。ジャンパースカートが肩からズレ落ちるのを何度も直しながら、彼女は口元をまごつかせた。何か言いたいようだが、上手く言葉が出てこない様子。桔花は急かすでもなく、ただじっと彼女を観察した。
小さな顔に、やや大きすぎる丸眼鏡。潤んだ瞳と下がった眉。これまた、気弱そうな子だ。
不躾な視線を浴びているのにも関わらず、少女はおどおどするばかり。一向に話し出さない。
「何か用ですか。私の名前、知ってるみたいですけど」
「あ、う、うん。えっと、私、同じ寮だからっ」
言われて、名前の書かれたプレートを思い出す。そういえばもう1人、1年生の名前があった。
だけど、思い出せない。
「い、いいの。覚えてなくて当然だから」
桔花の思考を遮るように、少女は声をあげた。元々下がっていた眉が、更に下がる。傷つけてしまっただろうか。桔花は不安になり、慌てて謝罪の言葉を口にした。
「いっ、いいよいいよ。あの、照井です。て、照井知里」
どもりながらも自己紹介して、右手を差し出す知里。桔花はその手を握って、挨拶を返す。
「ごめんね。き、緊張して手汗が……。
それにしても、繁夏先輩の言う通りの人だね」
「繁夏さん?」
出てくると思っていなかった名前に、桔花の心臓がドクンと跳ねた。
「彼女が私の名前を?」
前のめりに畳みかけるように問うと、知里はたじろぎ、上半身をのけぞらせた。しまった。初対面の相手に、いきなり近づきすぎだ。まして、知里みたいな子はこういう人間に弱いはずだ。
適切な距離をとって、今度はゆっくり優しく問いかける。
「それで、繁夏さんは何て言っていたの?」
「とびっきり美しい子だって」
ポカンとする桔花に、知里はなぜか慌て出した。
「う、嘘じゃないよ、本当に! あなたは別格だって。あ、お母様も綺麗だったって話してた。羨ましいな」
どうやら、話を疑われているのではないかと勘違いしたようだ。そんなことはどうでもいい。繁夏が自分を、そう評価してくれたことが嬉しかった。
美しい子か。他人に言われたのは初めてだ。母には耳にたこができるほど言われたものだが、それは娘だからであって、桔花自身は全く思わなかった。
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