2人で廊下に出る。幸い、人はいないようだ。

念のため、1階のほうも覗いてみる。床の軋む音がしたけれど、それは桔花自身の足元で鳴ったものであった。


「そこまでしなくても平気だよ。見つかったら見つかったで、何とかするから。君たちには迷惑かけないよ」


それにほら、俺って童顔でしょ、と渓等は自分の顔を指差した。確かに彼は幼くて、可愛らしい顔立ちをしていた。見ようによっては、女の子に見えなくもない。だけど、この学園の生徒じゃないことは、調べれば一発で分かってしまうだろう。用心に越したことはない。桔花はまだ警戒の手を緩めない。


「真面目だねえ」


渓等はポツリと呟くと、手持ち無沙汰に辺りをウロウロし始めた。部屋の数や階段の段数を数えては、

「やっぱ、悪魔の数字は避けるんだなぁ」と1人感心している。

その間、桔花はいたるところに目を光らせ、人が通らないかを納得いくまで確認し続けた。


「そろそろ、行きましょう」


数分後、ようやく安心できた桔花は渓等と連れ立って、玄関ホールまでやって来た。扉を細く開けて、外の様子を伺う。受付の生徒たちは片付けに追われていて、誰もこちらを見ていない。今が絶好のタイミングだろう。


「ありがとう。えーっと、そういえば名前聞いてなかったね」

「留守桔花です」

「うん、桔花ちゃん。いいね、いい名前」


彼はうんうんとしきりにうなずきながら、荷物を持ち直し、スニーカーを突っ掛けた。


「それじゃあ、また」


親しい友人にするように片手を軽くあげ、渓等は扉を開けた。陽の光がパッと差し込んで、桔花は眩しさに目を細めた。


「ああ、そうだ」


踏み出そうとしてあげた足をそのままに、彼は振り向いた。


「ポケットの中身、捨てないでね」


桔花が確認するより前に、渓等は外へ出て行った。


「何を入れたんだろう」


バタンと閉まった扉の前で、上着のポケットをひっくり返す。ひらりと1枚の紙切れが宙を舞った。

何の変哲もない、シンプルな名刺だ。

名前、鳥海渓等の横には聞いたことのない怪しげな職業が、いや、職業なんだろうか。それすらも分からない。ウィムジカルホラー。直訳すると、気まぐれな恐怖。そう書かれていた。職業じゃなくて、会社名なのかもしれない。桔花は結論づけると、小さくうなずいた。

名刺には他にも、電話番号やメールアドレス、SNSのユーザーIDなどが記載されていた。その下には、『ホラーなお話、募集中。ご連絡ください』と小さくある。その手のことで困ったことがあったら、ここを頼ってもいいかもしれない。あまり、当てにはならなそうだけど。桔花は失礼にもそんなことを思いながら、名刺をポケットに仕舞い込もうとした。

その時、手が滑り、床に名刺が落ちた。裏面が見えたそれを拾い上げると、何やら走り書きされていることに気がついた。


困る子 芙蓉ツミ 関わってはいけない女


一体、何を意味しているんだろう。疑問には思ったものの、確認する時間がない。仮に彼にとって重要なメモだったとしたら、こんな人様に配るものの裏には書かないだろうし。黙っていても、まず、問題はないだろう。

桔花はそれ以上考えることをやめて、繁夏のいる部屋まで戻った。

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