3
2人で廊下に出る。幸い、人はいないようだ。
念のため、1階のほうも覗いてみる。床の軋む音がしたけれど、それは桔花自身の足元で鳴ったものであった。
「そこまでしなくても平気だよ。見つかったら見つかったで、何とかするから。君たちには迷惑かけないよ」
それにほら、俺って童顔でしょ、と渓等は自分の顔を指差した。確かに彼は幼くて、可愛らしい顔立ちをしていた。見ようによっては、女の子に見えなくもない。だけど、この学園の生徒じゃないことは、調べれば一発で分かってしまうだろう。用心に越したことはない。桔花はまだ警戒の手を緩めない。
「真面目だねえ」
渓等はポツリと呟くと、手持ち無沙汰に辺りをウロウロし始めた。部屋の数や階段の段数を数えては、
「やっぱ、悪魔の数字は避けるんだなぁ」と1人感心している。
その間、桔花はいたるところに目を光らせ、人が通らないかを納得いくまで確認し続けた。
「そろそろ、行きましょう」
数分後、ようやく安心できた桔花は渓等と連れ立って、玄関ホールまでやって来た。扉を細く開けて、外の様子を伺う。受付の生徒たちは片付けに追われていて、誰もこちらを見ていない。今が絶好のタイミングだろう。
「ありがとう。えーっと、そういえば名前聞いてなかったね」
「留守桔花です」
「うん、桔花ちゃん。いいね、いい名前」
彼はうんうんとしきりにうなずきながら、荷物を持ち直し、スニーカーを突っ掛けた。
「それじゃあ、また」
親しい友人にするように片手を軽くあげ、渓等は扉を開けた。陽の光がパッと差し込んで、桔花は眩しさに目を細めた。
「ああ、そうだ」
踏み出そうとしてあげた足をそのままに、彼は振り向いた。
「ポケットの中身、捨てないでね」
桔花が確認するより前に、渓等は外へ出て行った。
「何を入れたんだろう」
バタンと閉まった扉の前で、上着のポケットをひっくり返す。ひらりと1枚の紙切れが宙を舞った。
何の変哲もない、シンプルな名刺だ。
名前、鳥海渓等の横には聞いたことのない怪しげな職業が、いや、職業なんだろうか。それすらも分からない。ウィムジカルホラー。直訳すると、気まぐれな恐怖。そう書かれていた。職業じゃなくて、会社名なのかもしれない。桔花は結論づけると、小さくうなずいた。
名刺には他にも、電話番号やメールアドレス、SNSのユーザーIDなどが記載されていた。その下には、『ホラーなお話、募集中。ご連絡ください』と小さくある。その手のことで困ったことがあったら、ここを頼ってもいいかもしれない。あまり、当てにはならなそうだけど。桔花は失礼にもそんなことを思いながら、名刺をポケットに仕舞い込もうとした。
その時、手が滑り、床に名刺が落ちた。裏面が見えたそれを拾い上げると、何やら走り書きされていることに気がついた。
困る子 芙蓉ツミ 関わってはいけない女
一体、何を意味しているんだろう。疑問には思ったものの、確認する時間がない。仮に彼にとって重要なメモだったとしたら、こんな人様に配るものの裏には書かないだろうし。黙っていても、まず、問題はないだろう。
桔花はそれ以上考えることをやめて、繁夏のいる部屋まで戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます