記録:私、うみの苦しみ
私たちは浮遊島の廃墟を利用した居宅にいる。つくりやまいも混ざっているみたいで、てんでデタラメだけどね。
今日は病について。
といっても私が知ってる範囲なので、せんから教わっている治し方も添えて記してみたいとあれこれどうこうしようとしていたら、それどころではなくなった。
大きく世界が揺れたのだ。
手帳のページにのたくった線が書き殴られた。
よろけた上に、軽く額をぶつけてしまった。
びりびりびりと、部屋が、モノがかしがんばかりにぐらついて、悲鳴をあげている。
一、二分ほどかかったろうか。
この不幸にややうんざりしてどうにでもなれ、と居直ったら、さらに大きいのが来て、転げてしまった。
なんだなんだなんだ?
地震は、ない。
プレートで組み合わさった地表面ではないのだから。
なら爆発か?
よろめきながら、安全を確保し、静まりを待って、外へ出た。
野次馬根性もあるにはあったが、ここの現在進行形の全体を押さえておきたかったのが何よりも優っていた。
何も無い。
取り立ててあることといえば、雲がいつもより目に入ったぐらいだ。
代わり映えのしない日常が横たわっている。
どこまでも突き抜ける蒼空だ。
全くもって理解できない。
ただ揺れた?
それにしたってその原因、因果律、物理法則が働いていたはずだ。それはなんだ?
世界が自分が見る限りはすっかり元の元になって進んでいるのを見てとり、せんへと向かうのだった。
「たぶん、おおよそにして時空震」
せんは本に埋もれて憮然としていた。揺れのせいもあるのだった。
その言葉にキツネにつままれた気分で、なにそれよく分からん、と疑問をいだく。
「重力波の撓みだと思われる。空間自体が歪んで揺れるんだ、ボクもはじめて感じ取れたと言っていい」
なんでわかるの?
古い記録の本からの受け売りさね
はへえ、そうですか
それ以上は知りようもないので、早々に切り上げ、身の回りの異常を改めて点検してみたが、モノが若干動いたか落ちたぐらいで、壊れてなくて一安心。
ネコが軒下で縮こまっていた。
鉢にヒビが入っていた。
やっとちびっていたのに気がついた。
しかし、釈然とせず、モヤモヤが晴れない。
池でも眺めるか。
折り畳み椅子を携帯し、お菓子も持って移動しようとしたところ、壁に変なものがついているのを見つけた。
おっぱい。
ちょっと上向きで、大きすぎもせず、かといって貧しいというのでもない。色艶もハリも良く、ずいぶんいいもん食ってるなと思わせた。
触ってみたくなるかな…普通。
言っておくと、おっぱいはそんなに触らない。
ましてや人のおっぱいなど。
幼い時分、母をのがあるかもしれないが、それとて添えてるぐらいだろう。
「ママ…おっぱい触ってもいい?」とのたまったこともあるかもしれないが、何かが違うので多分それはしてない。ない。ないはずだ。
それにしてもこのような場合どうするべきだろう。抗えない好奇心を満たすのももちろん心の健康に良いのかもしれないがそれよりも せん、むにゅ「少し緊張してるな、硬さが残ってる」
!!!
はあっ?!
迷いがない、紛れのないせんさんだ。
検分するように、まるで研究者、いや求道者の趣だ!
さらに!さらに!揉みしだこうとしていらっしゃる!
ちょっと、ちょっと!
おおっと。
ツッコみそうなのを抑えた。
せんさん、わきわきわきとこっちをみているではないか。
キャラ違わくない?
ばっと、拒絶の反応を示す。
ちぇっと名残惜しそうだね、まったくもう。
それにしてもこれはなんだろう。
「たぶんつくりやまい、だよ」
そうだよね。それしかないと思う。
さっきの時空震が関係してる?
「たぶんね」
破壊の光だ、天罰だよと嘯いてみせる。
人間でもできていたらどうしよう…
もっと恐ろしい、おぞましいものさえも…
ひとりブルっていると、お茶でもどうかね、うん、で速攻即決、せんと共に、せんの部屋で。
ジャムを入れたロシアンティーと洒落ていた。
お供はとっておきのラングドシャクッキー。
美味しゅうございました。
せんのコレクションの本の圧巻と、浸されている音楽とがゆるゆる私へと入ってきた。
並んでいる本棚が威圧するように聳えている。
剣呑なタイトルが目に入った。
『異形探究解剖編』
『つくりやまいと狂気病理』
『深淵からの呼び声』
うわー…興味はあるかな。
すぐ隣の美術書、イラスト集を箸休めに、おもいはダークトーンにおみ足を絡め取られっぱなし。
あっ。
『創造性と病』
パラパラやってみると、“創造の病“というのが目を引いた。
「学問や芸術的な分野で尋常じゃないセンスを発揮する人に見受けられる現象で」
「心の危機的状況を経験することが多く、指して"創造の病"という」
「乗り越えるとこれまでにない創造をこの世にもたらす」
ユングという精神科医で心理学者の説をメインに展開していた。
治し方は書いてなかったが、これはギリギリのところで創造性に転化してケロッと治ってしまうからだ、と。
ちょっと違うねえ。
もうすでに病人の身としては、あまり共感は得られなかったけど、そういうのもあると、とっかかりぐらいにはなった気がする。
「これは情報に関わっている気がするね」
せんが後ろからのっそり声がけ。
またまた曖昧で抽象的な。
世界のあり方とも密接なんだけど、脳の認識の解釈構造にフォーカスすればいい線いくと思う
んだ
何やら話が込み入って来たので、うろんとしながら聞いているうちに、どうやら寝てしまったらしい、今いるのは白亜の宮殿だ。
何かの儀式か、私は寝かされ、天井の屋根を見ている。
大勢の白衣の巫女に囲まれている。どことなく見知っているような…
そら恐ろしいまでの緊張感。
荘厳さが重くのしかかっている。
格式あって、様式めいていて、ひとつひとつははっきりと単純な動作なのに、一連の流れになるとどうにも意識にもやがかってシャッキリしない。
各々は手に禍々しい短い武器を持っていた。
ぐびゅ。
予告もなく一斉に振り下ろされ、突き刺さり、鮮血が勢いよい。
無表情で傷口を広げられ、無造作にかき回される。
痛いのか、苦しさのあまり感覚が麻痺しているのかよくわからなかった。
手術のようでもあり、戯れてもいる。
理解が及ばないまでも直感したのは、それが生み出そうとする真剣な行為にみえたのだ。
取り出そうとしている。
取り戻そうとしている?
邪魔しちゃいけないのか、
耐えなければならないのか。
ぐじゃぐじゅぐじょグジュグジュ
意識が悲鳴を上げて絶叫しようとしたまさにその時、我に帰った、目が覚めた。
なんだったんだ。
白昼夢に近かったようで、時間は全然たっていない。
せんがやや訝しげだったので仔細を話すとストレスじゃないの、と。
かいてみたら?
手帳に書きつけ、さて、どう描こう。
そんな大作は描けそうにない。
添え絵でいいか。
ラフスケッチのように、落書きのように、サラサラっと。
ペンで描いたので迷い線が多く、小汚くなってしまい、黒んぼのお化けだ。
雰囲気と迫力はある。
それに描いて満足したのか吐き出したのか、ストレスはどこかへ飛んでいた。
うみの痛み、そうタイトリングした。
世界、うんでいる。
この日は発作一回、できた雲を片付けるのに手間取り、ずぶ濡れになりながら水浴びをせんと一緒にしたら、クスリと笑える失敗を見れて、缶詰を2つ開けた夕食で盛り上がった。
なかなか寝付けなかったのでせんと星を見て。
そのまま屋根で毛布にくるまって寄せ合って寝て、この日は終わり。
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