記録:アダリー、VR上

 いまがいつか、何時何分なのかは意味がない。

 楽しいか、楽しくないか。ゾクゾクできるか、できないか。それが問題なのだ。VR上ではしとしと雨の城砦の窓辺でぼんやり外を眺めている。外では草原で馬たちがぶるっと震えて身体から熱気をあげ、草を食むために首を垂れている。お気に入りの、お馴染みの光景だ。何度でも、いつまでも飽きない。そばのテーブルにのっているグラスのリキュールを一口煽る。陶酔が駆け抜ける。

 部屋は薄暗いが埃ひとつ落ちていない。汚れも見当たらない。アダリーは派手さを好まず、どちらかというとリアリストなのだが、ささやかな美学も持ち合わせている。これぐらいの矛盾は許せるのだ。それに綺麗でないとまったく映えない。

 心地よさに寝入りそうになった頃、ひとりの少女が部屋に来る。優雅なフリルやレースをあしらった絹のドレスを纏い、晴れやかな表情を浮かべている。言葉は発しなかったが、その一挙一動が雄弁に物語っていた。アダリーまで迷いなく、お互い抱擁によって応える。

 アダリーは高揚していた。昂っていた。胸の動悸がおさまらない。このまま。このままが永遠に続けば。

 接吻。

 それとともに、胸に鈍い痛みも広がる。

 よろけてテーブルに手をつく。

 胸に鋭いナイフが突き刺さっていた。

 これよ…これなのよ…

 絶頂にも似た快楽の中でフルワは崩折れた。



 現実に目を覚ます。グラスを頭にせりあげる。

 …今のはつくりやまいだろうか。

 繰り返し見ているはずなのに、毎回毎回違和感がある。まなこから涙が溢れ、一筋、流れる。

 受け取る快楽が変わるのはなぜなんだろう。

 それは直接的な性愛でもあるし、狂おしいぐらいの身体が喜ぶ歓喜でもある。おかしいのだ、アタシは同じことを味わいたいのに。いっそ狂ってしまいたかった。正常が分かる、普通が認識できるというのは単なる足枷でしかないのでそういうのはおことわり。

 壁に頭でも打ち付けてやろう衝動が湧いたが死んでしまってはいけない。加減が難しい、求める所在が不確かであれば特に。

 アタシは愛が欲しいのだ。

 それ以外は余計な付属物でしかない。

 プログラム自体の問題なのか。知り合いの少女に機械に強いのがいる。頼んでみようか検討していたが、目の前に現れた少女を見て、考えを改めた。ドレスの少女が待っている。それがつくりやまいでもいい。偽りでもかまいやしない、アタシはちょっとおかしくなりたいんだ。

 そのためにはあれやこれやがきちんと見分けられちゃダメなんだ。すぐに手に入れないものなんだと薄く意識してから、ならば、手近の偽物から始めようと。いつかは橋渡し、されるといいな。うっすらと期待がかかった。この気持ちの変わりようがもたらすものが何か予見できなかったけれど、これだけは言える。先のことは、神のみぞ知る。







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