2-5
「お父さん、覚えてますか」
ドアを半分開けて確認すると、男は黙ったまま僕を部屋の中に入れてくれた。
「散らかっているけど」
そう言いながら畳に落ちているものを拾い集めている。僕がゴミを片付けた隣の部屋とは違って、この部屋には生活の匂いとかすかな湿り気があった。
ある程度片付くと、僕と男は部屋の真ん中あたりに置かれた灰皿を挟んで腰を下ろした。男はタバコに火をつける。
「由利子はたまに来るんですか」
由利子の父親は黙ったままタバコの煙を吐きだした。
「ある程度はわかっているんだよね」
「一応、今は探偵してるんで」
「あいつには悪いことをした」
由利子の父親がボソッと言う。
「僕も今はあいつとは関係ないので」
「でもまだ別れてはいないんだろう」
「紙切れ一枚でつながっています」
「そうか」
僕も自分のタバコを取り出して火をつけた。
「男なんて寂しい生きものだな」
「女だってそんなに変わりませんよ」
「退職金を半分持っていかれた」
「それでも家族は守ったんでしょう」
「あの家のローンはまだ残っているんですか」
「あと少し。由利子が払っている」
由利子の父親はあたりに散らばっているものの中から写真立てを取り出して僕に見せてくれた。そこには由利子の父親とならんで若い女が写っている。どこかに旅行した時の物だろうか。そこに写っている女は、メガネをかけほとんど化粧もしていない。まわりの寒々とした風景に同化しそうなくらい地味な印象の女。
変われば変わるもんだ。ぼくは写真を見ながらそう思った。
「由利子のことは責めないでくれ。勝手なことを言うようだけど」
「気にしてませんよ。あいつは僕が変わるきっかけを作ってくれましたから。お父さんだって、ここに写っている人を変えることができたじゃないですか」
「変えるっていうより、吸い取られた」
由利子の父親はタバコを灰皿に押し付けるように消した。
「お父さんのほかに、お父さんって呼べそうな人ができそうなんです」
「そうか、それで由利子も変わってくれれば」
「あいつはもう変わってますよ。お父さん」
由利子の父親の口元が少しだけゆるんだ。
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