2-3

 今日はいつもよりも早く奥の部屋に引っ込んでしまった。この部屋には突然フミちゃんが入ってくるなんてこともないはず。

 この部屋の一番奥には乱雑に物が置かれている場所がある。ガラクタの吹き溜まり。雑誌や段ボールの空き箱、スーパーやコンビニのレジ袋、すぐに捨てられなかった物の仮置き場。許容範囲を超えたら処分することにしているけれど、どうしてすぐに捨てられないんだろう。空き箱やレジ袋は意外に使い道が多い。ある程度はストックが必要。置く場所の広さは決まっているので、当然上にのびていく。積み上げられた物の下になってしまった物は既に使用不可能。下の物には手がつけられず、上にある物から捨てられていく。

 もしかするとこの場所が僕の人生の縮図なのかもしれない。そろそろまた許容範囲を越えそうだ。シャワーを浴びてベッドに寝転がると、この部屋の窓も原色の明かりで彩られ煌めいている。部屋の明かりはこれだけで十分だった。明け方が近づくと部屋は真っ暗になるはずなのに、どこからか漏れてくる光で部屋の中を歩くことができた。

「覚えていますか」

 あの時と同じセリフ。覚えていますよ、今度は。あの依頼人が突然事務所を訪ねてきた。

「この前の写真を返していただこうと思いまして」

 この前よりも落ち着いた印象で化粧も自然な感じだったので、事務所に入ってきた時はあの女性だとはすぐにわからなかった。

 メガネの奥の瞳が僕の記憶を呼び起こした。あの時はメガネをかけていなかったのに。僕はあの時、依頼を断った。だから僕が写真を預かる必要はなかった。

 この女性が事務所を出て行ったあと写真はテーブルに置かれたままだった。忘れていったのではない。僕は何らかの意図を感じたのであえて後は追わなかった。

「この前忘れていった写真ですか」

「もう処分してしまいましたか。それならそれでもかまわないのですが」

「処分はしていませんよ。ちゃんとお預かりしています」

 そう言って僕は自分のデスクのほうに歩いていく。そして引出しから写真を一枚取り出した。

「差し上げてもよいのですが。もう私たちには必要ないので」

「僕も必要ないので」

 僕はその写真をテーブルに置いた。

「わかりました」そう言うと、女性は写真を自分のバッグに入れた。

「調査はなさらなかったのですよね」

「調査はしていません。ちゃんとお断りしたはずですから。それに僕はこの写真の女性について、詳しいことをお伺いしていませんから」

「でも、本当はおわかりですよね。あなたの奥さんなんですから」

 おたがいの目を見ながらしばらく沈黙がつづいた。

「お聞きにならないのですか。どうして私たちがあなたの奥さんを探していたのか」

「見つかったんですか」

「本当はあなたも気になっていたんですね」

「気にはしていません。ただもう写真は必要なくなったということなので」

 女性はかすかに微笑みながら立ち上がった。それから軽く会釈をして事務所のドアのほうに歩いていく。僕はじっと女性のうしろ姿を見ていた。

 女性と入れ替わりにフミちゃんが事務所に入ってきた。

「また来たんだ。この前と感じが違うけどあの時の人だよね」

「忘れ物を取りにきただけだよ」

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