2-2

「ねえ、今度ミミさんのお店に連れていってよ」

 仕込みの手伝いをしているときにフミちゃんがぼくに言う。おやじさんは用事があって出かけているらしい。

「おごってくれる」

「どうしようかなあ、高いの」

「居酒屋で飲むよりはね」

「ギョーザ持って行けばサービスしてくれるかな」

「それより何であの店に行きたいの」

「ミミさんに誘われたから。あたし一人じゃ行けないでしょう」

 ミミちゃんは下の店にはよく来ているようだった。

 僕はカウンターで一人水割りを飲んでいる。フミちゃんはスナックの厨房に入りこんでギョーザを焼いていた。僕の後ろではボックス席の客たちが盛り上がっている。

「コウちゃんありがとう」ママが僕に声をかけた。

「こんなに賑やかなのは久しぶり」

「コウちゃんも食べて」

 フミちゃんが焼きあがったギョーザの皿を僕の前に置く。

「ママもどうぞ」

「ナナちゃんのお店に行ったの」

「どうも僕には敷居が高いみたいで」

「連絡もしてないの」

「今のところは」

「ごめんね、出勤前に」

「いいのよ。あまりお店では会いたくないし」

 あいつはそう言ってタバコに火をつけた。

「はじめてだっけ。あたしがタバコ吸うのを見るの」

「二度目かな」

 スナックのボックス席でタバコを吸っているのをカウンターから見ていた。

「あなたには見られたくないの。今度のお店で仕事しているの」

 しばらくの沈黙の後にあいつがポツリと言った。そもそも僕はあの店には行けないよ。仕事なら必要経費になるのかな。そんな依頼はなさそうだけれど。

「中学生みたいなパンツ穿いてないよね」

「何それ」

「無地で白いやつ」

「穿いてるわけないでしょう。どうしたの急に」

「そんなこと話に来たわけじゃないよね」

「最初に電話くれたとき相談があるって言ってたじゃない。そのことちゃんと聞いてなかったから」

「そうだよね。でも、いいの」

「ゴミの片づけとかないの。最近よくやってるんだ。知り合いにそういう仕事やっている人がいて」

「おもしろいね、あなた」

 あいつはそう言って、僕のほうを見て笑っている。

 スナックはすっかり落ち着いて、まだ残っているボックス席の客をミミちゃんとバイトの若い子が接客している。

「バイトの子はネネちゃんって言うんだって」ビールを飲みながらフミちゃんが僕にそう言った。

「ここの店はみんなそういう名前みたい」

「ミミちゃん、ネネちゃん、それから」

「ナナちゃん。もういないけどね」ママがフミちゃんに言う。

 あいつがここにいたことをフミちゃんには話してないけれど、もしかしたらミミちゃんから何か聞いているんだろうか。

「もういないんですか」

 フミちゃんは少しがっかりした様子でぼくのほうを見る。ミミちゃんがフミちゃんの耳元で何か囁いている。

「ママ、アイスお願いします」

 ミミちゃんは氷の容器をカウンターに置いてから、僕を見てニヤッと笑った。そしてまたフミちゃんとヒソヒソ話。フミちゃんは僕を見て少し恥ずかしそうに微笑む。

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