2-1
そのアパートは川のそばの高台にあった。あたりには小さな工場が散在していて、今ではあまり見かけなくなった都会の吹き溜まりのような風景に囲まれている。
この前見かけた高級ホテルよりも、こういう風景のほうがあの男には似合っている。アパートには人の住んでいる気配が感じられず、一見廃墟のように思えるけれど、路上生活者さえ入りこまないこんな場所にも、人目を忍んでひっそりと暮らしている人が確実に存在している。何もかもが荒んでしまっても、生きることにしがみつくしかない人たち。一つ間違えば、僕もここに流れついていたかもしれない。
そう思った。
「コウちゃん悪いねえ」キン兄がタオルで汗を拭いながら僕に言う。
「それにしても、こんなにゴミのない部屋もめずらしいですね」
「そうなんだよ。どうやって生きていたんだろう」
「スナック菓子ばかり食べていたんですかね」部屋に散らばったゴミを集めながら僕が言う。
「あとはペットボトルの水とか」
「生ゴミがないのがありがたいね」
そうなんだ。この部屋には人の湿り気がまるでない。
「どんな感じの人なんですかね、ここに住んでいた人」
「若い女の子みたいだよ。ちゃんとしたOL風だって大家さんは言ってたけど」
「想像できないですね」
そう言ったとき、僕は部屋の隅に埋もれていたパンツを一枚見つけた。中学生が穿いているような白い無地の地味なパンツ。洗濯していないようで、かすかに汗のにおいがする。この部屋で初めて見つけた人の湿り気を感じるもの。
「一枚だけか」僕の見つけたパンツを見てキン兄が言う。
「忘れていったのかな、とにかく燃えるゴミだな」
「洗濯してないみたいです」
「欲しいか」
「別にそんなんじゃ」
「売れるかもしれねえぞ」
僕はそう言われてそのパンツをじっと見てしまう。
「家賃も払わずに消えちまったらしいよ」
「行方不明ですか」
「いくらガラクタでも人の物だから、簡単には捨てられないんだけど」
「手続きがいるんですか」
「親には大家さんが話をしたみたいだけど、最後に大家さんに確認してもらうよ。そんな気を使うものはなさそうだけど」
ゴミを片付けてわかったけれど、この部屋には家具や食器の類はひとつもない。本人のものと思えるのは、さっきのパンツ一枚だけ。
「そう言えば大家さんがコウちゃんに頼みたいって言ってたぞ」
「何をですか」
「この部屋にいた女の人探し」
「無理ですよ。僕の能力を超えてる」
「まあ、話ぐらいは聞いてやれよ」
「さっき隣のおじさんがコウちゃんのことじっと見てたけど、知り合いか」
「そうなんですか。多分知らないと思います」
まさかこんなところで会うとは思わなかった。どうしてこんなところにいるんだろう。生活にはそんなに困っていないはずなのに。
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