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「忙しかったみたいだね」

 フミちゃんが突然浴衣を着て事務所に現れた。

「盆踊りでもあるの」

「盆踊りはないけど、花火があるの。河川敷で」

「行ってきたの」

「これからだよ。誘いに来たんだけど無理そうだね」

「行くのはかまわないんだけど、ここんところまともに寝てなくて」

「認知症のおばあさん」

「最初は捜してほしいっていう依頼だったんだけど、見つけた後はボディガードみたいになっちゃって」

「久しぶりに仕事してるって感じ」

「そうだね、ゴミの片づけの手伝い以来かな」

「お葬式のサクラとか、キン兄にいいように使われてるよね」

「でも、ありがたいことだよ」

 いつのまにかフミちゃんは僕の前のソファーにすわっていた。僕は冷蔵庫から宇治金時のかき氷を持ってきてフミちゃんの前に置く。

「依頼人からのいただきもの」

「現物支給」

「まあね」

「やっぱり夏はこれだよね」

「練乳が入ってると最高なんだけど」

「練乳入ってるの見たことあるよ。今度買ってきてあげる」

 フミちゃんとかき氷を食べていると花火の音が聞こえてきた。

「はじまっちゃったね。見に行かなくていいの」

「いいの」

「都会っていいよね」

「何の話」

「認知症で徘徊して、山に入りこんで死んじゃった人もいるみたい」

「都会なら誰かは見てるよね」

「無関心でも覚えてはいる」

「でも家族の人は大変だよね」

「依頼されて捜した人はまだ六十前でおばあさんってわけでもないんだ」

「それじゃうちのお父さんと同じくらいなの」

「若年性のアルツハイマーっていうと、もっと若い人もいるみたい」

「大丈夫かなお父さん」

「大丈夫じゃないの。いつもギョーザのこと考えているみたいだし」

「ギョーザことしか考えていないのも良くないんじゃない」

「たしかにね」

「ねえ、屋上に上がってみる。花火見えるかもしれない」

 僕はフミちゃんの手を引いて事務所を出ると、非常階段を上がっていく。フミちゃんの履いている下駄の音がビルの間に響いている。まわりの建物に遮られてしまっていないか少し不安だったけれど、屋上に上がると花火がきれいに見えていた。

「夏だね」フミちゃんが花火を見ながらそう言う。こんなふうにじっくり花火を見るのっていつ以来だろう。夜店のあいだをすり抜けながら見る花火もいいけれど、こうして屋上から花火を見るのもいいなあと思った。

 ここは二人きりだし。

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