1-9
駅を降りて繁華街とは逆の方向に歩いていく。昼間は地元の人たちでにぎわっている商店街も、この時間になると人もまばらでほとんどの店のシャッターが閉まっていた。フミちゃんは不安そうな顔で僕の顔をチラチラ見ながら歩いている。
「大丈夫、あそこはまだ開いているはずだから」
表通りから横に入った路地には、暗がりの中に飲み屋の看板がチラホラ見えて、表通りとは違った顔を見せている。
「ここにはよく来るの」
「この時間に来るのは久しぶりかな。昼間は全然雰囲気が違うんだ。活気があって」
「そんな感じがする」
僕は大阪のとある場所を思いだしていた。職場の先輩とはじめて関西に旅行した時に行った場所。あの町ほどディープではないか。先輩がぜひ行きたいと言ったある場所を探して歩きまわったけど、結局見つからなかったんだよなあ。
「もうすぐだと思うよ」そうは言ってみたものの、以前来た時と様子が違っていて少し不安になっていた。そんな時シャッターの先に見覚えのある看板の明かりが見えた。
店の中はひっそりとした通りからは想像できないくらい客が入っていた。一人で来ている客がほとんどのようで、雑誌やテレビを見ながらみんな黙々と食事をしている。僕とフミちゃんはカウンターの空いてる席にすわった。
「しばらくだね、何にする」
店のおやじさんは僕のことを覚えているようだった。
「ナシゴレンふたつ」僕がすかさず注文する。おやじさんが僕を見てニヤリと笑う。
「聞いたことあるよ。ナシゴレン」
「インドネシアのチャーハンのことらしいけど、ここのナシゴレンはほとんどおやじさんのオリジナルなんだ」
「でもエスニックなんでしょ。楽しみ」
ほどなくナシゴレンがふたつカウンターの上に並んだ。見た目は普通のチャーハンと変わらない。ちょっとだけ色が濃い感じがする。
「エビが入ってるね。それに香りがエスニック」
フミちゃんが言う。
「今日はいつものおねえさんと違うんだね」おやじさんがぼくに言う。
「もうあれからだいぶたつもんな」
おやじさんはスープをふたつ僕たちの前に置いた。このスープはチャーハンについてくるものと同じ醤油味のスープで刻んだネギが浮いている。僕はそのスープに軽くコショーをふった。フミちゃんも僕の真似をしている。
「ねえ、誰と来たの」フミちゃんが小声で僕にきく。
「ヨメさんとだよ」
「この店教えてくれたのもヨメさんだから」
フミちゃんには詳しいことは言っていなかった。ただヨメさんと別れて、今いるギョーザ屋の二階に流れてきたのは知っていた。
「おいしいね、ナシゴレン」
「エスニックでしょ」
「エスニックだね」
「でもさ、よく考えればギョーザもエスニック料理だよね」
「そうか。そうだよね」
「あんたもしかしてシゲちゃんの娘さん」
フミちゃんが驚いたようにおやじさんを見る。
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