破:その1

 あの後、自分は近くにあったコンビニに入り、おにぎりと水を一つずつ買い、イートインにて夕食を食すこととなった。あの事件は夕食準備中に起きた出来事であったためだ。

 モバイルバッテリーにスマホを繋いでメッセージアプリを開き、一番の親友とやらに「家庭が崩壊した。ナイフ持った元家族に追われてるんで匿ってくれないか」という救援のメッセージを送る。

 この時間帯はバイトのはずなのだが、なぜかすぐに返事が帰ってくる。

「いや…大丈夫なんかそれ…ひとまず親に相談してからでいい?」とのことだった。

 まぁ当然だ。いくら親友とはいえ、まだ当人の親とは面識がない。親の視点からすれば、子供が拾ってきた身寄りのない子を泊めてくれないかという、ハイリスクかつローリターンな現実を前にしているのだ。やすやすと子供の方から許可が出るわけがない、出せるわけがないと、自分でも思っていた。

 そんなことを考え、申し訳ないという気持ちに浸りつつ、「とにかく相談してもらえるだけでもありがたい。」と送りつつ、「バイト終わったん?」と質問する。

「あー…今は休憩中やね。あと2時間ほどで上がるからそっち来たら?」と返ってきた。

 「さんくす。事情は後で説明するのでよろ」と送り、おにぎりを水で流し込み、コンビニをあとにする。

 今自分のいるコンビニから、叔父のいるだろう大阪市西区を通らずに、徒歩であいつのバイト先まで向かうとすれば、2時間もかからない。

コンビニ前の道路を西進して安治川大橋を渡ればすぐだ。しかし大橋上で出くわしてしまったら最後、無事お陀仏することになる。しかし安治川トンネルを引き返すのもまた高リスクだ。

 5分思考ののち、安治川大橋を渡るルートで行くことにした。フードを深くかぶれば問題ないと信じたい。

 コンビニを出て、徒歩で安治川大橋方面へと向かう。




 やはりもう冬だ。秋はどこへ行ったのかわからない。冬至前の大阪はやはり寒い。

 今は川の上にいるのだから尚更寒さが増す。

 安治川大橋を3分の1ほど渡ったが、怪しい人影や車影は見当たらない。

 でも油断大敵だ。いつ前から自転車に乗ったショルダーバッグ男がこっちに突っ込んでくるかわかったもんじゃない。

 そんなことを考えつつ警戒していたときのことである。安治川大橋を3分の2渡ったところで、申し訳程度のライトをつけた半マウンテンバイクとでも言うべき赤い車両が弁天町側入り口から上ってきた。叔父の乗り回すチャリと嫌気が差すほど似ている車両が、前からやってきたのである。

 まずい。非常にまずい。そして車のライトに照らされているからわかるが、案の定と言うべきか、ショルダーバッグをかけているのだ。もう完全に叔父である。

 ここで自分は選択肢を2つ選ぶことになる。

 引き返して安治川トンネルまで逃げるか、一般の通行人のふりをしてやり過ごすかの2つである。

 幸いフードを深く被っているので顔まではまだバレていない。更にここで引き返したら猛追を受けて捕まってお陀仏、というのが基本だろう。

 自分は後者を選んだ。用事を思い出して急に走り出す通行人のふりをすることに決めたのだ。自分は走り出した。

 その時、前方にいる叔父がショルダーバッグからナイフを取り出した。あの二人を屠った、そのナイフ。血痕が付いていて、まだ生乾きのようだった。

 まずいと思った自分は跳躍し、咄嗟に進んでくる叔父の自転車のハンドルと、叔父の頭を踏み台にしてやり過ごした。パルクールもやっていない、万年文化部の自分がなぜこんなことをやってのけたかは今でも永遠の謎だ。

 しかしこれではもうこれ以上見た目でのごまかしは効かない。自転車のハンドルと頭を踏み台にされた影響で叔父は落車したはずである。にもかかわらず、だ。キェァァァェェェェァァァァァァァァァァ!!!という漫画のような奇声を上げながらこっちに全速力で、自らの足で走って突撃してきたのだ。

 しかし50m6秒台の高校生に到底追いつけるはずもなく、差はどんどん開いていく。

 弁天町側の出口を出た頃には、その姿は全く見えなくなっていた。

 その現実に安堵しつつもまだ油断ならないと判じた自分は、小走りで弁天町駅方面へ向かっていったのだった。

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逃走 @Imazatoeyeliner

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