怪物狩り

なめ子

第一章 吸血鬼狩り

第1話 努努忘れるな

窓から溢れんばかりの陽の光が射し込む。それ程に白雲が一つとしてない澄んだ青空。そして、そのまま机に突っ伏して寝てしまいそうになる程の暖かさが全身を包んでいた。


 「おーい、レイ遊ぼうぜ」


 と陽気で何処か懐かしく感じる声がドアへと誘ってくる。ドアの向こうにはいつものように皆が集まっているのだろうと思いながらドアの持ち手に手をかけた時、後ろから先程とは異なる懐かしい声が聞こえてきた。


 「レイ、何処に行くの?」


 それは女性の声だった。それは心が澄み渡る様な心地よい響きがあった。それと同時に悲しみと憎しみが込み上げてきた。そこで僕は何かを忘れていることに気づいた。そしてこのドアの向こうに答えがあるように感じ、持ち手を引き寄せなければらない使命感に駆られた。そのままドアの持ち手を引こうとした時、


 「レイ、外に出ては駄目よ」


 と綺麗で優しさのある声が僕の行動を咎めてきた。

 その声を聞く度に心が洗われるように感じる。

 その声を聞く度に心を締め付けるような息苦しさを感じる。

 その声を聞く度に温かさが増す。

 その声を聞く度に身を焦がす程の憎悪が増す。

 その声は俺の思考をぐちゃぐちゃに掻き回す。嬉しさ、苦しみ、悲しみ、安堵、憎悪、憤怒、これらの感情が俺を支配し、苦しめ、頬に涙を伝わらせる。そして、少しずつ、だけど鮮明に記憶を蘇らせる。だけれども、この人の忠告を無視してでもドアの向こうを見なければならないと思った。そしてドアの取っ手を引くと視界を覆い尽くす程の光が入ってきた。咄嗟に目を庇うために覆った腕をどけ、ドアの向こうの光景を見ると、そこには地獄があった。

 その光景は悲惨だった。先程まであった温かな光はなく、何処までも澄んでいた青空は見る影もなかった。その代わり空にあるのは黒一色のみ。何処までも何処までも黒く、絶望を闇を連れてくる空が村全土を覆っていた。

 そして村にある全ての建物は皆等しく、ぼぅぼぅと血のような赤黒い業火で燃えていた。それだけではない、草や木などの植物、家畜さえもその火はまるで生きているかの様に飲み込んでいった。そして人も例外ではなかった。炎は人を大好物とは言わんばりに飲み込み、じゅうじゅうと音を鳴らしながら燃やし流れる血を蒸発させ、肉を骨を容赦なく焼き、断末魔を悲鳴をあげさせていた。その悲鳴は村中で響き共鳴しあい、一つの歌を成していた。

 あまりにも惨い光景、音を前に力強く目を瞑り、悲鳴を聞かまいと耳を塞ぎ殻にこもるように膝を着いた。涙を流そうにも熱気によって直ぐに乾いてしまう。しかし、膝を地面に着いたと同時にぴぃちゃりと音がなり、膝から服に液体が染み渡るような感覚があった。恐る恐る、目を開ければ、そこに広がるのは赤黒く、炎の光を反射させている血。そんな血をだらだらと流している腕や足が乱雑に散らばっていた。

 少し目を前に向ければ、顔は判別がつかないほど炭化した屍が四肢が切り裂かれた屍がいつの間にか積み上げられていた。その光景に唖然とし、絶望で身体が震え、胃からものを戻してしまった。

 そしてその頂きを見るとそこにはこの世のものとは思えないほど魅惑的な狂気を孕んだ人が座っていた。いや、それは人ではないと直ぐに分かった。それは人の形をした怪物だった。髪は黄金の様に輝き、風が吹けばたなびく程長くさらさらとしていた。顔は形容しがたいほどに美しく、肌は恐ろしい程に青白く、病人に思える程だった。爪は長く、普段使っている包丁なんかよりも切れそうなほど鋭かった。そして極め付きはその口から覗く、鋭く大きい犬歯だ。それは御伽噺に出てくる吸血鬼の特徴と酷似していた。吸血鬼はまるで何事もないかのようにこの熱気の中人の屍を踏みつけ、聞き惚れてしまうような魅惑的な声を出しながら笑っていた。

 そしてそれはいつの間にか一人の女性の前に立っていた。その女性は吸血鬼とは対象的に健康的で透き通るような白い肌、顔は笑顔が似合う様少し大人びた顔立ち。思い出した。あれの前に恐怖に耐えながら、何とか立っている女性が俺の姉であることを。助けなくてはならないと思い、動こうとしても身体は恐怖で立つことすらできなかった。そうこうしているうちにあれは姉にその細い体からは想像できないほど強い力で抱擁し締め付け、そして姉の柔らかく透き通るような首筋に犬歯を刺した。姉は刺された痛みからか、抱擁から逃がれようとするができない。そして段々と抵抗は弱まり遂には動かなくなってしまった。姉の顔は血の気が引いており、生気がなかった。

 その瞬間、俺の中で何かが切れた。

 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。

 それだけが頭を支配し、恐怖ですくんでいる身体を無理やり動かし、あの怪物に向かってがむしゃらに走っていった。しかし、そこで暗く視界が狭まり、意識が遠のいていき、身体の感覚がなくなっていく。だが、憎悪だけは無くならない意識が無くなるまであの怪物にありったけの呪詛を憎悪を向けた。

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