198 ファイティングファンター4


「スー!」


 上空からの落下中に突然起きた爆風によって吹き飛ばされたレナ。

 その目にはオルデに取り込まれていく自らのグロリアの姿がしっかりと捉えられていた。


 この爆発は自分を逃がすためにとっさにスーが起こしたもの。もう10年以上も一緒にいるのだ。説明がなくてもスーのことならなんでも分かる。


 だからって、だからって……!


 迫る地面。

 そこに打ち付けられて死ぬわけにはいかない。自分の身を犠牲にしてまでスーが逃がしてくれたのだ。


 レナは両腕で膝を抱えて体を丸める事で衝撃に備えた。


 わずかな後、体に強い衝撃が走った。

 だがその衝撃すべてを体の一点で受けるわけにはいかない。

 レナは受け身を取る要領で体をゴロゴロと転がるように回転させた。


 回転の勢いが弱まった時を見計らい、勢いを利用して体を起こし、すぐさま敵へと視線を向ける。

 追撃を警戒したのではない。相棒の姿を探したのだ。


 だが、目に映るのは山のように巨大な紫色だけだった。

 最後にスーを目撃したのはおおよそこの巨大な体の中心部。地上から見上げる形では様子をうかがい知ることはできない。


  目の前を紫色の巨体が通過していく。

 レナが着地した場所はオルデの進行方向から外れているため、オルデの進行に巻き込まれることはなかった。

 あの一瞬で相棒はそこまで判断していたのだ。

 いつもいつも。なにがあってもスーは助けてくれる。


 そんなスーがただで取り込まれるわけがない。きっと中で戦っている。

 そう思うのは、おぼろげながらにスーのことを感じるからだ。自らの体を通じて輝力を提供している感覚。


 だがオルデには何も変化は見られない。

 ただ何事もなかったかのように、これまでと同じように進み続けている。


 すると不意に――


「スーっっ!!」


 消えた。感覚が消えた。

 つながっている感覚がふと途切れたのだ。


「そんな……」


 こんなことは今まで一度もなかった。ずっと感じていた温かい感覚。こころがじわっと幸せになるような感覚が不意に消えて、ぽっかりと穴が開いたようになったのだ。


 それはつまり、スーとの契約が、スーの命が尽きたことを暗示している。


「やだぁ、やだ、ヤダヤダヤダっ! スー! やだよ、ねえ、スー! うそでしょ、ねえ、スー! 死んじゃやだぁぁぁ!」


 突如生まれた喪失感によってレナは子供のように声を上げる。


「ねえ、やだ、やだ、やだよ、ねえ、スー。ねえ。答えてよ、生きてるって言ってよ、返事してよぉぉぉ!」


 涙がほほを伝っていく。

 一粒、二粒、三粒。それは粒から流れへと変わり、地面に吸い込まれていく。


 スーは温かかった。体温っていう意味じゃない。つらい時も悲しい時もずっとそばにいてくれて、楽しい時もうれしい時もずっと一緒にいて。そばにいるだけで笑顔になるような幸せな感じ。そう、ちょうどこんな……。


 服の中がもぞもぞする。小さな何かがおなかを、胸を這いまわっているような……。


 でもこれは虫がもぐりこんだりしたものではない。

 心に感じる温かさ。ずっと身を委ねていたくなるような、包まれているような感覚によって、レナはそう確信していた。


 ◆◆◆◆◆◆


 ぶっはー!


 俺は真っ暗な中から脱出した。

 何が起こったのかはよくわからない。オルデに取り込まれて頭の中が埋め尽くされて、それで、記憶がそこで途切れている。


 ふと気が付くと体が動くようになっていて、光を感じる一点を目指して進み、暗闇から脱出したというわけだ。


「スー!」


 うおっ、レナ!?


 俺の目の前には大きなレナの顔があった。

 金色の長いまつげ、青い瞳。吸い込まれそうな唇。

 いつもの美人顔に間違いはないが、いつもと違うのはその大きさと……目から流れ落ちている涙だけだ。


「スーだ、スーが無事だった! スー、スー、すー------------っ!」


 俺はレナにわしづかみされると、すりすりと頬ずりされる。

 つるつるの肌と俺のスライムボディが何度も何度もこすり合わさる。


 ちょ、ちょっと、れな、落ち着いて。まってまって、レナ、れなぁぁぁぁ!


 なされるがままの俺。

 いつものスキンシップよりも激しいこともあるが、巨大レナ、いや、ようやく気付いたのだが、俺の体が小さくなっているため、レナの手から抜け出すことができないのだ。

 まあ別にいやじゃないので無理やり抜ける必要はないんだが。


 なにやら感極まったレナは、お饅頭ほどの大きさの俺にむっちゅーむっちゅーと口を押し付けてくる。


 これは美女のちっす。というよりは、なんか捕食されそうな恐怖感が勝っている。


 とりあえずレナが落ち着くまで状況を整理しておくか。

 俺はオルデの触手に囚われて奴の体内に取り込まれた。

 そこでオルデの意思らしきものに触れた。あまりのことだったので細かくは覚えていないが、愛を与えたい的な感じだった。

 頭が痛くなりすぎたかと思ったら、体が動くようになって、外にでたらレナがいて、俺の体が小さくなっていた。


 この状況からすると、俺の本体はオルデの体内で死んで、レナを逃がす際にわずかにレナに付着していたスライム細胞に意識が移って今に至る。と考えられる。

 つまり、別の体で復活したことになる。発動条件がわからないのでどうにも言えないのだが、これってかなりチートじゃないか?


 とはいえ、死ににくくなっただけであって、今現在最も必要な力たりえない。


 さて、レナさんや、そろそろ落ち着いてくれよな。

 俺は輝力の増幅を再開し、ぴょいっとレナの手の中から脱出する。


「すー、ごめんね。無事でよかったよ。もうどこにもいかないでね。しんじゃだめだよ」


 すまんすまん。悲しい思いをさせたな。

 ほら、涙を拭いて。


 俺は細く伸ばした体でレナの涙を拭いてやる。


「ありがとスー」


 どういたしまして。


 さてさて。俺が生きていたからといって戦況は変わらない。むしろ時間経過により悪化していると言える。


 オルデは依然として歩を進めているし、優勢だった味方の軍と凶暴化グロリアたちの戦いは膠着状態に陥っている。

 やはりオルデを倒さないことには勝利は手にできない。


 じゃあどうやってオルデを倒すのか。

 俺の最強の技、エルベ・ベルヘムは体の一部を削ったに過ぎなかった。

 それを超える威力の三方同時斉射でも倒すことはできなかった。

 じゃあ近接物理攻撃はどうかというと、通用はするだろうが、ダメージはほぼないだろう。それ以上に、近接攻撃では先ほどの俺のように体内に取り込まれでしまう危険が大きい。


 どんな攻撃でも通じはするんだ。だけど、決定打にならない。

 体の一部を失ってもすぐに元に戻ってしまう。元に戻ると言っても再生しているわけではなく、失った体を補っている感じだ。

 だから攻撃して攻撃して攻撃して、攻撃しまくったら倒せるのかもしれないが、それを行うには手数が足りないし、力が持たない。


 例えば異次元に放り込むとかすればなんとかなるかもしれないが、それこそ神様でもないと無理だろう。

 神様だったら今の状況を把握しているはずで、力を貸してくれるのならすでに貸してくれているはずだ。

 そうでないということは、自分たちで何とかしろ、もしくは何とかできるだろうという判断だっていうことで……。


 ううむ。どうすれば。

 遠距離攻撃で、一度に広範囲に、それも全長5kmの体をまるごと攻撃できるような……。


 巨大なフライパンでぶったたく。うーん。次元断層とか隕石とか。

 子供のころ遊んだFF(ファイティングファンタ―)4の隕石の魔法は最強魔法だったな。どんな敵でも確実に9999ダメージが出るのは爽快だった。

 さすがは隕石。でかい岩の塊には何人たりとも無力なのだ。


 ん? でかい岩の塊?


 そうだ……あれが、あれがあるじゃないか!

 全長5キロをゆうに超す巨大な岩の塊。

 いや、岩の塊というか、もう大地の暴力。そう、浮遊大陸クシャーナが!


 あれをオルデにぶつければあるいは……!


 俺は空を見上げる。

 だがそうそう都合よくクシャーナが浮いているわけでもない。


 今頃どこを飛んでいるのか……。

 そもそも秘匿結界で俺には見えないんだった……。


「スー……」


 俺の落胆ぶりが伝わったのだろう。レナはぷるぷると震える俺の体をすっと持ち上げて抱き寄せてくれる。

 レナ自身も考えがまとまらないのか、ストンと地面に両膝をついた。


「自由騎士が地面に膝をつくんじゃない。ガキの憧れをけがしちまうぞ」


 誰だ! って……聞き覚えのあるこの声は。


「ウルガー様!?」

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