186 月下の大森林の戦い その6

 俺とレナを先頭に中央軍は三角形の錐行陣形をとり、招かれざる者アンインバイテッドへとひた走る。


 さすがのエターナルフォースブリザードも招かれざる者アンインバイテッドまでは届いておらず、やつの目の前にはいくらかの狂暴化グロリアが残っている。


 時間との闘いだ。


 エターナルフォースブリザードの範囲外だったのは、なにも招かれざる者アンインバイテッドの目の前だけではない。白銀の道の横もそうだ。元々大量の狂暴化グロリアがいて、その一部分だけを切り開いたに過ぎない。


 俺達が走っている間にも狂暴化グロリア達が横側から侵入し、白銀の道を徐々に狭めていく。


 そして……俺達は招かれざる者アンインバイテッドまでたどり着くことなく、横から押し寄せた狂暴化グロリアと接触することになった。


「スー、前方をこじ開けて!」


 まかせておきな! フレイムブリンガーだ!!


 体温を上昇させた俺の体は煮えたぎるマグマと言っても過言ではない。そのスライムボディを細かな粒に変えて撃ち出すのが俺の必殺技の一つフレイムブリンガー。


 前方の狂暴化グロリアを灼熱の弾丸が襲い、次々と打ち倒していく。

 だがその間にも横から攻めて来るグロリアの圧が強まってくる。


 このっ!


 俺はスライムボディをプルりと揺らし、宙へ跳び上がる。


 フレイムブリンガーエクステンションだっ!


 俺は高所から周囲に向けてフレイムブリンガーを撃ち込む。

 一か所に集中させる通常のフレイムブリンガーよりは弱くなってしまうが広範囲攻撃が可能となる。それがフレイムブリンガーエクステンション。


 挟み込まれて圧を受けていた兵士たちが、俺の攻撃によって倒れ怯んだ狂暴化グロリア達を押しのけていく。


「前進します! 後に続いて!」


 足を止めていては敵の波に飲み込まれる。

 招かれざる者アンインバイテッドにたどり着くまで進み続けるしかないのだ。


 巨大な体を持つ招かれざる者アンインバイテッド。もう手が届きそうな、紫の体が波打つのを目視できるような、そんな位置まで来ている。


「うわぁっ!」

「ぎゃわぁぁぁぁう」

「ぐわーっ!」


 だが俺達の進むスピードはだんだんと遅くなり、とうとう一歩も前に進めなくなり……そして前後左右から襲い掛かってくる敵に味方の兵士たちがやられ始めたのだ。


「スー、体当たりであの人を助けて!」


 俺はレナの指示で横でやられそうになっている兵士に加勢する。


「た、助かった」


 いいってことよ!


「スー、あそこ! あそこに敵に囲まれた人が!」


 くそっ、どこだ?


「あれ、あそこのおじさん。ほら、もう最後を悟って笑みを浮かべてるあの人!」


 俺はレナの指示する方角を見る。

 俺達の一団とは少し離れた所に敵に囲まれて、いまにも最期を迎えそうな笑顔のおじさんの姿があった。


 って、レナ、あれはおかしい。距離が少し離れすぎている。

 それに狂暴化グロリアはそのあの人を見ていない。俺達の仲間だったら今頃ぼっこぼこにされているはずだ。


「そ、そう言えば……。あ、あの人、グロリア!? 顔はおじさんだけど、体が!」


「K!p,m{@1O_SVh3vom83.+,I&k!8cZ.5r」


 謎おじさんは口を開くと何やら聞き取れない言葉をしゃべった。

 やはりか。あれは人間じゃない。間違いなくグロリアだ。


 『ク・ダン:Sランク

  人面牛のグロリア。柔和な表情を浮かべた人間の顔と巨大な牛の身体を持つ不思議なグロリア。普段はあまり動かず、意味不明な言葉のようなものしか喋らないが、ごく稀に人間の言葉で予言をするという。その予言は必ず実現することから「その目は未来を見ている」「神の使い」などと言われている』


 俺は神カンペの情報を確認する。

 間違いない、あれはク・ダンだ。レナ、放っておこう。特に強い力は持っていないはずだ。それよりも俺達の周りの――


「侵攻 死の畑 天国 時の流れ」


 なっ!? おっさんが、ク・ダンのおっさんが人語を! これが予言なのか?

 一体どういう意味だ。俺達がやられて王都が攻められてしまうってことか? 天国とか時の流れってなんだ?


「スー、落ち着いて! 今は前に行かなきゃ!」


 そ、そうだった!


「レナ様っ! 急報です!」


 飛行グロリアに乗ったスラさんが後方から猛スピードでこちらへとやって来た。


 スラさんには中央軍が突撃したことを南北の陣に伝えにいってもらった。

 そこから一騎で戻って来たのか、敵の飛行グロリアの攻撃を受けてボロボロだ。


「スラさん、何が!」


「き……北と南の陣は両方とも、崩壊しました!」


 ここまで来るのに力を使い果たしたのだろう。

 スラさんを乗せていたグロリアは味方の内側にどさりと落ち、スラさんのボロボロの体が地面に投げ出された。


「衛生兵! スラさんを!」


「私の事よりも、レナ様。

 北を守っていたカルル団長はトリシーダーを撃破したものの、ビーストモードの制限時間をオーバーした所をSランクのルーンスティンガーに狙われてやられてしまい、南のドッカ―団長とケンプフェンVもサウザンドビッグアイを打ち取りましたが、押し寄せる狂暴化グロリアの波にのまれてやられてしまい、二人共重傷を負いました。

 団長二人が倒れた事により、それまでの均衡が崩れ……南北共に陣は壊滅しました。

 それによって狂暴化グロリア達の進行を阻むものはなくなり……私はその後姿を眺めることしかできませんでした」


 カルルさんとドッカ―さんが……。

 本陣が食い止めていた狂暴化グロリアが流れ込んで、北も南も耐えられる限界をこえた可能性もある。

 俺達が、中央がもう少し――


「スー、前っ!」


 ちいっ! 嘆いている暇もないってのか!


 俺は振り下ろされた鋭い爪の一撃を回避し、二足歩行のワニグロリアの腹に体当たりをかます。

 普通なら遠くまでぶっ飛ぶ所だが、ワニグロリアの体は真後ろにいた別のグロリアへ当たりそこで止まった。


 思った以上に近くまで押されている!


「うぐっ! れ、れな様……」


 味方の兵士が崩れ落ちる。

 スラさんの報告が味方の士気を下げてしまい、もともと押し込まれていたものが総崩れになっている。


 このっ! 何とかしないと!


 俺の前を塞ぐバブリオンへと体をぶつける。


 くそう、このバブリオンは泡のような衝撃吸収ボディが特徴だった!

 体当たりなんか効きやしないのに。それどころか俺の体がくっついて、身動きが!


 焦りから判断が鈍り悪手をとった。

 それがさらに俺の焦りを増幅させる。


「レナ様! 後ろ!」


 兵士が吠える。


 その声で後方のレナへと視線を向けた俺。

 心の奥底からブルリと振るえた。


 いったいどこから、どうしてヤツが。


 バーンナウト・ホース。


 振り向きざまにその姿を見上げるレナ。

 小さなころから見守ってきた俺の天使が、今にもその吹き上がる炎に焼かれてしまいそうだったのだ。


 やめろっ!

 レナに手を出すな!


 おい、こら、放せ!


 俺は体を思いっきり震わせるがバブリオンの体から脱出することができない。


 レナ、レナ!

 レナぁぁぁぁぁぁぁ!


 巨大な炎を纏った馬グロリアがレナを灰に変える。


 まさにその直前――


 ――ドウンッッッ!!


 レナを見下ろしていたバーンナウト・ホースの首が、音と共にあらぬ方向に曲がったのだ。


「お前は昔からたまに後ろを見てない時あるよな」


 聞き覚えのある声。


 そして声の主が、ストンと空から降りて来た。


「ジミー君!」


 俺の目の前で奇跡が起きたのだ。

 まさにレナが灰になる寸前、超スピードで飛来したグロリアがバーンナウト・ホースの首に一撃を与えてその機会を奪った。


 そのグロリアこそが――


「ぎゅうたろう、斬岩剣だ!」


 そう、俺の目前で輝力で形作られた大きな剣を振るうこのグロリアこそ、レナの幼馴染であるジミー君のグロリア、ぎゅうたろうだ。


 ――ブオォォォォォォォォォォ!


 巨大な剣の一撃を受けたバーンナウト・ホースは断末魔の叫びをあげて地に伏した。

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