185 月下の大森林の戦い その5

 レナ、今の光!


「うん。ドッカーさんのケンプフェンVだと思う」


 中央の本陣がある丘の南側。突如激しい轟音とまばゆいばかりの一条の光が生じ、南側へと侵攻する狂暴化グロリア達をまとめて飲み込んで消えたのだ。


 ドッカーさんのケンプフェンVについて説明は受けていて頭では理解していたが、実際の威力は想像以上のものだ。


 北も南も頑張ってると言う事か。

 じゃあ俺達も、と言う訳にはいかない。中央は中央で終始押されっぱなし。突撃しようにも余力が無いのだ。


 俺はプププププと粘液を広範囲に向けて乱れ撃ちし、迫りくる狂暴化グロリアに対して硬直とスロー化の状態異常を付与していく。


 そうすることで押し込まれている前線の兵士とグロリアが僅かながらでも有利な状態にしてなんとか戦線を維持しているのだ。


 俺ならSランクであれ狂暴化グロリアを倒すことは可能だが、俺が一体一体を相手にしていても戦況は悪くなる一方だ。それよりもこの広い戦場でなるべく多くの兵士達をサポートして皆で戦う方が戦果は高い。


 ――グゴゴゴゴゴゴゴ


「うっ、うわーっ!」


 突如巨大な竜巻が発生し、守りについていたグロリアと兵士ごと防御柵の一角を吹き飛ばしたのだ。


 あの風、エアマスターか!


 風が通った部分は木も土も狂暴化グロリアもねこそぎ吹き飛んでしまっている。

 何もなくなってクリアになった視界の先に、重圧巨大扇風機、エアマスターがどっしりと構えていた。


 竜巻が通過した場所。防御柵も無くその場を守る兵士もいない。

 何もなくなった空間へと大量の狂暴化グロリアが押し寄せる。

 ハチミツをたっぷりと塗った食パンをかじると、無くなった所にとろとろのハチミツが流れ落ちていくかのように。


「スラ、予備隊を前に。空いた防衛線を埋めるんです!」


「だめですリスト様、予備隊は先ほど出た隊が最後です。もはや本陣に兵はいません!」


「なんていうことだ……。防衛線を縮小する! ガク隊、キンカ隊は中央のエブリ隊と合流し防衛線を組み直せ!」


 ――グゴゴゴゴゴゴゴ


 だめだ!


 防衛線を再構築しようと移動を開始しているまさに最中。

 エアマスターが再び放った竜巻が、三つの隊を飲み込んで遥か彼方へと運び去った。


 このままじゃヤバい。じり貧どころか防衛線が崩壊して壊滅だ。


「リストさん、このままじゃ壊滅します。まだ戦力の残っているうちに突撃を!」


 蜘蛛グロリアから撃ち込まれた毒弾を回避しながらのレナ。

 崩壊した防衛線の穴を埋めるために前に出ているため、狂暴化グロリアの攻撃がレナへと届いてしまう。


「しかし……」


 つらら姫にまたがりながら、空を舞う虫グロリアを氷漬けにしていくリストさん。


招かれざる者アンインバイテッドまでたどり着ければ、私が何とかします! このままやられるのを待つよりもよっぽど確率は高いはずです!」


 退却を視野に入れるのも優秀な指揮官の能力の一つだ。

 100点満点の成果を上げるための防衛作戦。それを止め退却した場合は何点なのか。それとも攻撃に移行した場合は何点なのか。

 これらを思案した上でのレナの答えなのだ。


「わかりました……。ですがそれを行うためには最低でも各自が目の前のグロリアを倒して進む必要があります。それさえできれば……私が進路を確保します。最強の秘技、エターナルフォースブリザードで」


 エターナルフォースブリザードは広範囲殲滅型の技だと聞く。あまりに味方の近くで撃つと味方ごと氷漬けにしてしまうので離れて撃たざるを得ず、接戦している敵は自らで何とかしなくてはならないと言う訳だ。


「やりましょう。そして勝ちましょう!」


 そして無言で頷き合うレナとリストさん。


「聞きなさい、ルーナシア王国の勇敢な兵士達よ! 今から本陣を捨てて全軍をもって招かれざる者アンインバイテッドへ突撃します。リストさんが放つエターナルフォースブリザードが合図です! 合図の後、全力をもって目前の敵を打ち倒し、私の元へ合流、そして招かれざる者アンインバイテッドへ向かって攻め込みます! 泣いても笑ってもこれが最後です! 各自全力を尽くしなさい!」


 戦いの喧騒の中、レナの声は良く通った。中央で戦うすべての兵士に聞こえ渡っただろう。

 激戦の中そんなのは無茶だと思っている兵士達もいるだろう。だが、やらなくてはならない。

 根性論になってしまうが、もはや残された方法は少ないのだ。


 これまでサポートに徹しながら力を抑えていた俺も攻めの姿勢に移り、合流しやすいように周囲の狂暴化グロリアを蹴散らしていく。


 ある程度の準備が整ったところでリストさんとつらら姫はさらに上空へと舞い上がる。

 飛行タイプの狂暴化グロリアが跋扈する空へ単騎で上がるのは自殺行為だが、スラさんや他の飛行グロリア乗りが奮戦し、大技を放つリストさんに近づけまいとする。


「つらら姫、この一撃で全力を出し切りなさい。あの方に……レナ様に道を作るのです」


 ――リリリリリリリ


 主の想いにつらら姫が応える。


「ありがとう。この戦いが終わったらゆっくりとお茶でも楽しみましょう。おまえはイングヴァイト産のエルザグールが好きでしたね。きちんと用意しますよ。さて……行きますよ!」


 気合十分。リストさんの輝力がつらら姫に流れ込み、まばゆい光を放ち始める。


「見よ! これが最終奥義、エターナルフォースブリザードだ!」


 つらら姫から真下に向かって猛烈な吹雪が、いや、絶対零度の冷気が吹き下ろし、狂暴化グロリア達を包み込んでいく。

 白銀の世界の中、狂暴化グロリア達は足元から凍り付いていき、やがて見事な氷の結晶の棺が出来上がり、そして、弾けるように粉々に砕け散っていった。


「皆、今です! 全軍突撃!」


 レナが抜き放った儀礼用の剣を前方へと向ける。


 ――うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 リストさんが切り開いてくれた道を俺達は一丸となって突き進む。

 白銀の道が俺達の進むべき道。

 一直線に招かれざる者アンインバイテッドへと伸びている勝利への道だ。

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