187 賢者ノイエンバッハ

 ぎゅうたろう、少し見ない間にまた力を付けたようだな。逆立ちする牛グロリアハンドスタンドビーフからAランクのニノタチイラズに進化してるじゃないか。


 『ニノタチイラズ:Aランク

  全身全霊を込めた一撃に全てを賭ける一刀一殺のグロリア。その一撃は概ね大きな剣の形態を取ることが多いが、個体によっては拳であったり弓であったりする場合もある。どの形態にせよ膨大なエネルギーを籠めたその一撃はSランクグロリアですら打ち倒す』


 ちなみにバーンナウト・ホースへの一撃目はただの飛び蹴りだった。


「おぉ、ジルミリア・ノイエンバッハ様だ!」

「賢者ノイエンバッハ様だ!」

「それに、あれが噂のぎゅうたろう!」


 予期せぬ増援に兵士たちが活気づく。


「大丈夫か? ほらぼーっとするなよ。まだ戦いは終わっちゃいないんだからな」


 流石のレナも肝を冷やしたからなのか、それとも安心して力が抜けたからなのか、ぺたりと地面に座り込んでおり、ジミー君はその手を取って立ち上がらせた。


 レナも背が伸びたけど、ジミー君はそれ以上に伸びている。

 レナは見上げ、ジミー君は見おろす形だ。


「ありがとうジミー君、助かったよ」


 久しぶりに見るレナの笑顔。

 ニカッと歯を見せて笑う、小さなころに良く見せてくれた笑顔だ。


「あ、ああ。まあな、お前は、その、危なっかしいからな」


 そんな笑顔の前に、しどろもどろになるジミー君。

 最後には直視できなくなったのか視線を外してしまう。


「でもジミー君、どうしてここに?」


「いや、えっと、それはだな、その……」


 もっともな疑問だ。王都にいるはずのジミー君がこの戦場真っただ中になぜ現れたのか。

 どもってないで早く答えて欲しい。


「何を照れておるんじゃ、ジミー坊主。幼馴染が大変だから力を貸してくれとワシらに泣きついていたではないか」


 頭上。なにやら神輿のような江戸時代のかごのようなグロリアに乗っている老人が5人。


「おい、爺さん達! それは秘密だって言っただろ! あとジミー坊主って呼ぶな」


 ジミー君は頭上の老人たちに向かってプンスカ怒っているが、あの人達は……。


「法務賢者のジルミリア様がやってこられたとあれば他の賢者も、と予想したがまさか全員が!」


 解説の兵士さん。


「外交賢者アンクラ様、道路賢者ギムニ様、農林賢者サック―様、厚生賢者エロール様、商工賢者バハマ様!」


 詳しいですね?


「いやまて、運輸賢者ニニック様がおられないぞ?」


 詳しい人、他にもいた!


「ニニックは賢者を引退したよ。今はそこにおるジミー坊主が法務・運輸賢者である2冠賢者じゃ」


「おぉ! 数十年ぶりに複数の称号を持つ賢者、二冠賢者が!」


 さて皆様。情報が溢れすぎていてついていけていないでしょう。

 俺がこの世界の『賢者』について説明いたしましょう。


 この世界の賢者は魔法使いと僧侶のじゅもんが両方使えたり、最上級白魔法と最上級黒魔法が両方使えたり、この世の全ての知識を与えてくれるような万能スキルのようなものでもない。

 何かを同時に扱える、という点では似ているのだが、この世界の賢者は戦闘職ではなく政治職。内政と外交の両方を修めた証なのだ。

 政治には内政と外交の二つがあり、片方でも良い成績を修めると国の文官として採用される。そのため王立学校の文官科ではどちらか一つを修めるのが通例とされる。片方でも難しい内政または外交だが、その二つを修める事が出来た者を人々は賢者と呼ぶのだ。


 そしてその賢者の中でも各分野で頂点を極めた者へ贈られる称号がある。法務、外交、運輸、道路、農林、厚生、商工の全部で7つ。それぞれの頂点を極めた者が、法務賢者、外交賢者などと呼ばれ、敬われる。


 称号は一人一つと決まっているわけではない。これらの称号を持つ賢者に知恵比べで勝つことが出来たらならば、その賢者の称号を得る事ができるのだ。


 ジミー君が賢者になったことはちらっと耳に入っていたが、まさか法務と運輸の二冠賢者になっていたとはな。


「ジミー君凄いね! 二冠賢者になったなんて!」


「ばっ、ばっか。お前の方が凄いんだよ。だから俺はお前に釣り合うようにって頑張ってだな、もごもごもご」


 うーん。青春だな。


 ――がるるるるるるる!


 おっと、ジミー君、レナといちゃつくのはいいけど、後ろを疎かにしてはいけないぞ。


 俺はジミー君に迫るゲイルパンサーに一撃を加えて撃退した。


「あはは、ジミー君も後方不注意だよ」

 

「わ、分かってたさ、もう少し近づいた所を一刀両断する予定だったんだ。スライムが余計な事を。だがまあ礼は言っておく」


 相変わらず素直じゃないなぁ。


 とと、ジミー君が合流したとはいえ、狂暴化グロリア達の進行が止まったわけでは無い。

 味方の士気は持ち直したが、それだけで戦い抜いて、ましてや招かれざる者アンインバイテッドまでたどり着けるものでもない。


「ジミー君、助けに来てくれてありがと。レナ、もっともっと頑張れそう。

 でも……レナ、失敗したの……。狂暴化グロリアを止めるのに……。だからマキーリの人達や王都の人達が……」


 中央の陣を放棄して、そして北と南の陣が抜かれた。つまり狂暴化グロリアの進行を防ぐのは失敗した。マキーリの人には念のため避難してもらってるとは言え、町への被害は免れない。


 レナの言う失敗とはその事だ。

 だけどそれはレナだけの失敗じゃない。俺が、俺達がレナの期待に応えられなかったからでもある。


「これ以上誰にも悲しい思いをさせたくないって、そう思っていたのに、レナの作戦が逆に皆を危険な目にあわせる事になって……」


 それは違う。レナはすぐさま次善の策、プランBに移行してここまで来た。

 すべての人を悲しみから守る事はできないかもしれないが、その人たちを少しでも減らすために。


「なんだ、そんな心配してたのか。せっかく助けにきてやったのにずっと浮かない顔してるから嫌われてるのかって心配したぜ」


「えっ?」


「おほんおほん。誰が俺一人で助けに来たっていった?」


 ――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


 後方から威勢の良い掛け声が聞こえてくる。


 これは……?


「スー!」


 おう、わかった。


 レナが俺に捕まり俺は空へと跳躍する。

 そして上空にいる賢者神輿の上に飛び乗り、声のする後方を見やる。


 俺とレナが目にしたのはまさに奇跡の光景。

 見慣れない姿をした一団とグロリア達が、マキーリへと向かおうとする狂暴化グロリアたちと戦いを始めている光景だった。

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