183 月下の大森林の戦い その3
――中央の本陣
「上空! 狙撃兵何やってるの!」
リストさんの
空から急降下してくるのはジェットマトンの異形種だ。
元々のジェットマトンはDランク。まるまると太った羊のような姿をしており、最終進化系である最上位種。ジェットの名のとおり、もこもこの
噴出口は左右の翼に一つづつあるのが通常なのだが、
噴出口が追加されたことで、通常の鈍足飛行と異なってやたら速度が出ているし、いろいろな部位にジェットが付いているのでまっすぐ飛べていない個体もいる。
とはいえ空飛ぶグロリア。
陣を素通りされるわけにはいかないので注意をこちらに向けるようにしなければならず、結果として上空から襲われる事態になっているわけだ。
襲ってくるのはジェットマトンだけではない。蛇のようなスネイクグライダー、ミストビーの最上位種のゴールドビークイン等、飛べるグロリアは勢ぞろいしていると言っていい。
北の陣も南の陣も飛行グロリアには手を焼いていると報告が上がってきている。どちらも空からの強襲に身を隠す場所が無いからだ。
だがこの本陣は違う。二つの谷とは異なり木々の生い茂る丘。上空から俺達の位置を把握するのは難しいと言える。それに加えて木々の枝に隠れるように狙撃兵を配置して、上空の飛行グロリアを狙撃しているのだが……。
やはり地上側からも空の様子はうかがいにくく、狙撃は困難を極めている。
こちら側は撃ちにくい、あちらがわは無差別爆撃や自爆覚悟の突撃が可能。不利なことこの上ない。
上空もそうだが、地上も激戦だ。
「皆さん、堪えてください! もう少しだけ!」
レナと俺も防衛線のそばで前線に立つ兵士を援護している。
戦闘開始前、初手で一人つっこんでライトニングライガーをぶっ飛ばした後、リストさんにこっぴどく叱られた。
一人で危険なまねはするなと、レナが倒れたら軍は総崩れになると、今は自分一人の体ではないと。
さわやかイケメンのリストさんが鬼のような形相で怒るものだから、レナも苦笑いすることしかできなかった。
本当はもっと前線に出て戦いたい。自分が戦えば戦うほど味方の負担を減らすことが出来る。レナはそう思っている。
確かにそれは間違いじゃない。だけどリストさんの言う事も一理ある。レナはこの軍の最高戦力。取り巻きの消耗戦で力を使い切ってはいけないのだ。
なぜなら俺達は取り巻きのグロリアを倒すためにに来たのではなく、
俺からもレナを諭して今は一歩後ろに下がったこの状態。俺自身は輝力を無限増殖させて戦っているのでレナの輝力はほとんど減ってはいない。
だが戦いというのは輝力の増減だけで行うものではない。気力体力共に必要だ。
――ぎゃわぁぁぁぁう
「円太郎っ!!」
身を乗り出して攻撃を仕掛けた味方のブラウングリズリー。前方の一体に攻撃を加えて怯ませたものの、その横から他の狂暴化グロリアの一撃を受けたのだ。
そーいっ!!
俺は倒れこもうとする
「すぐに手当てを!」
衛生兵がグロリア用傷薬を使って受けた傷を治癒していく。彼らの治癒用グロリアも引っ張りだこだ。マジックフォックス、ヒーリングヒポポタマス、フィトンセラピル。そんな治癒グロリア達は倒れたグロリアをそこらかしこで治療している。
この中央の本陣の被害状況はことさらに大きい。中央軍は人数が多いものの、そのほとんどが騎士ではなく兵士。騎士程の戦闘力は有していないのが実情だ。しかしそれは理由の一つに過ぎない。北と南よりも被害が大きいのは、中央が一番敵の攻撃が激しいからだ。
北と南を抜けようとするグロリアの一部が中央に流れているのもあるが、
押し寄せる波のように狂暴化グロリア達の数は一向に減る気配が無い。こちらが消耗するのに比例してあちらにもダメージを与えているが、そもそも数が段違いで、このままいけば押し寄せるグロリア達の波に本陣は飲み込まれてしまうだろう。
それはもう僅かな先の未来でしかない。壊滅も時間の問題だ。このままいけば。
と、その時――
――ドズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
音と共に防御柵の前で激しい攻撃を繰り返していた狂暴化グロリア達の姿が視界から消えた。
「やったぞ! あいつら落ちて行った!」
ようやく準備が整って、その効果が表れたのだ。
そう、これは俺達の作戦。
迫りくる狂暴化グロリアを柵で足止めしているうちに、その真下をグロリアで深く掘り下げていき大きな空洞を作る。頃合いを見てその穴を崩落させることで地崩れを引き起こし、真上で襲い掛かってきていたグロリア達はその穴へと落ちて戦闘不能または登れずに戦線を離脱することになる、という寸法だ。
柵の前が地崩れし大きく崩落したことにより、その崖が天然の防壁へと変わる。
大穴は落下した狂暴化グロリアや土砂等が積み重なって元々の深さは無くなってしまったが、それでも今まで緩やかな上り坂だったのが一転し、見上げる位置に柵があり、長いはしごでもなければ柵まで到達することは出来ない。
「今のうちに治療急いで!
限界ギリギリだった彼らに少しでも休息を与えなくてはいけない。これで勝ったわけではないのだ。
だがこの後は少しは楽になるだろう。高低差による優位が生じ、味方は地の利を得たからだ。
「なんだ……あいつら、止まらねえぞ!」
兵士の一人が声を上げる。
俺も何事かと思って柵の先に視覚を向けると、後ろからずんずんと前進してくるグロリア達が映り込んで来た。
地面の崩落と共に落ちて身動きの取れないグロリアを気にすることも無く、その上を踏みしめて進んでくる。
そんな事をするとグロリア達が死んでしまうぞ!
古来から戦場では味方に殺されるという事例は多数存在する。
その一つが人の波に押しつぶされるというやつだ。
一丸になって敵へと突撃する。敵と激突して突撃の勢いを止められたところに後方の味方が勢いよく突っ込んでくると……どうなるか。敵と味方に挟まれて死んでしまう。
突撃の途中で転倒しても同じだ。倒れた上を味方に踏まれて命を失う。
止まれっ! 止まれっっ!!
今同じことが目の前で起こっている。
人間よりも頑丈なグロリアとはいえ、巨人型や巨獣型の重さには耐えられない。
俺達は殺し合いをしに来たんじゃない!
お前達を救いに来たのに!
狂暴化グロリア達は元々王国の人々のグロリアだ。今はまだ戻す方法は分からないが、
そのため全軍にはグロリア達の命を奪わないこと、
このことが自軍の不利に働いていることも分かっている。
だけど俺達は守護者なんだ。国民をグロリアを守るために戦っているのだから!
俺達の願いも虚しく後ろから波のように押し寄せる狂暴化グロリア達。
覆いかぶさるようになって穴と土に埋まったグロリア達がその重さに耐えられるはずもなく……。
「光が……、グロリア達の命の光が……」
レナも呆然とその光景を眺めている。
地面の下がぼわっと明るく光り輝いて、そしてその光が上空へと昇っていく。
死んでしまったグロリアが天へと戻る様子。
守るべきものを守ることが出来なかったという現実。
誰もが声も無くその光景を見つめていた。
「レナ様! レナ様!」
リストさんだ。
「レナ様、しっかりしてください! また戦いは続いています! 指揮を! 号令を!」
冷酷な事を言う。と思ったが、リストさんも悲痛な表情を浮かべ唇をかみしめている。彼とて俺達と同じなんだ。
それでも今は悲しんでいる時ではないと、ここで戦いを止めればもっと大きな悲しみが国中を襲うと言っているのだ。
やろう、レナ。辛い事や苦しい事があってもやり遂げなきゃいけない。
「ええスー……。そうね……」
レナは涙をぐっとこらえて、歯を食いしばる。
「みんな、聞いて!」
決意を、想いを、言葉に乗せて皆に伝えよう。
そして心を一つにしてこの戦いに勝利しよう。そう呼びかけようとした所だった。
「レナ様! レナ様! レナ様!」
空から大きな鳥グロリアに乗った騎士二人がこちらに急降下してきた。
あれは偵察隊の騎士。いったい何があったんだ?
本陣に着陸すると、急いでグロリアから飛び降りて、レナの前で
「レナ様、グロリアが、私のグロリアが!」
彼女はクラテルをレナへと掲げた。
「落ち着いてください。報告は正しく明確に。いったい何があったのですか?」
「も、申し訳ございません。私のグロリアが、狂暴化していなくなった私のグロリアが……戻って来たのです!」
なんだって? そう言えばこの子は偵察隊。まさか、最初の偵察の時にベルセルクゾーンに引っかかってしまった騎士なのか?
「そうなんです。俺と二人で空で戦っていたら下から輝力の光が昇ってきて、
「そしたら、そしたらですね、感じるんです、モリスのことを。いなくなってしまったモリスのことを」
その綺麗な目から涙が流れ落ちている。
おぼろげな記憶だけど、穴に落ちていった狂暴化グロリアの中に飛べなくなった飛行グロリアの亜種が混じっていた気もする。
「念のためにとクラテルは遮断モードにしていました。だから今モリスを呼び出すことは出来ません。だけど、
その通りだ。
レナ、理屈は分からないが狂暴化グロリアは元に戻せる!
ここからが俺達の反撃だ!
コクリと小さく頷くレナ。
「全軍に伝達! 狂暴化グロリアは倒すと
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