182 月下の大森林の戦い その2
――南の陣 ドッカーと王宮守護騎士団
「押しすぎるな! 俺達の役目は防衛、敵の殲滅じゃない!」
「グロリアがダメージを受けたらすぐに下がって回復させろ!」
「前列、入れ替えだ!」
騎士たちの怒号が飛び交う。
南の陣は中央の丘と南の丘の間にある狭い谷に陣取っている。中央や北と比べて一度に敵が侵入してくる量は少なく、うまく陣を築いているので多対一の形が作りやすい。防御に秀でたグロリアと契約している騎士も多く、敵が格上とは言えドッカ―団長の元でうまく敵の攻撃を捌いている。
「ドッカ―様、戦線は維持出来ております。これなら」
「ああ、見えている。あいつらうまくやっている。俺が厳しく鍛えたからな」
岩と土で作った簡易の防壁。この短時間では城壁のように高く積むことは出来なかったが、それでも4m程度。並のグロリアの全高をゆうに超える高さがあり、押し寄せる狂暴化グロリア達は足止めを食っているのだ。
「撃て、王宮守護騎士団の力を見せつけるのだ!」
防壁の上で隊長各の騎士が叫ぶ。それと同時に防壁の上に一列に並んだ騎士とグロリアが一斉に遠距離攻撃を始める。
水、風、土、炎、石、光。飛ばせるものは何でも飛ばす。グロリアは多種多様であり、騎士団とはいえ同じグロリアで統一することは難しく、それでいて同じグロリアで統一する必要もないからだ。
一方押し寄せる側の狂暴化グロリア達も多種多様。トカゲ型のグロリア、オオカミ型のグロリア、サソリ型のグロリア、イノシシ型のグロリア、それぞれが防壁に体を打ち付け破砕しようとしている。
また、空からの攻撃も脅威だ。陸のグロリアに比べて数は少ないものの飛行するグロリアには防壁は意味をなさない。飛行グロリア達は防壁を無視してそのまま空中を進んで陣を抜けようとするのだ。
だが、一体たりともここを抜けさせるわけにはいかない。
そのため地上から飛行グロリア達に対して攻撃を仕掛けて注意を惹きつけ、防壁にくぎ付けにする必要がある。
制空権の確保。戦争で最も重要なものの一つだ。
空対地となると重力の影響もあり空有利で攻撃を行う事が出来る。また、どんなに入り組んだ陣であっても空からは丸見えであり布陣する情報を容易に取得することが出来る。地上で物理的に進行を食い止められていたとしても、やすやすと後方の支援部隊に攻撃を仕掛ける事ができ、兵站を断つなどにより味方の地上部隊への支援を行う事が出来るからだ。
現在制空権は敵方が優勢の状態であるが、この戦いでは狂暴化グロリアは組織だった動きを見せてはいない。布陣の情報を取得してその情報を元に攻撃方法を変えるであるとか、後方の支援兵を狙うだとかそう言う事は行われていないのだ。
そのため、注意すべきは上空からの攻撃に絞られる。
防壁内の騎士達が上空へ攻撃を行い、注意を逸らしたところで飛行グロリアに騎乗した騎士が攻撃を加える。飛行騎士に気を取られていれば地上から狙い撃ちする。お互いがうまく連携することによって、南の陣は互角に戦いを進めていた。
――北の陣 カルルと王都守護騎士団(王都近隣の兵士を含む)
「カルル団長、エクラ隊が敵に包囲されそうです」
「グーノスの隊を増援に差し向けて」
「団長、アラバッキー隊の損傷率が40%を越えました」
「後方のイク隊・マギ隊と交代させて」
北の陣は本陣のある中央の丘と北の丘との間に位置する渓谷に布陣している。
布陣する渓谷は谷と言えどその幅は広く、端から端まで全てを防壁を築いて防衛することができず、足りない部分を軍略を用いる事でこの地を守っている。
防壁の切れ目の部分には部隊を配置しその穴を埋める。当然防壁に頼ることが出来ない配置部隊の被害は大きくなる。南の王宮守護騎士団に比べて人数が多いとはいえ、それも有限である。
「カルル団長、ブワーフ隊の準備が整いました」
「わかった。ガザン隊を後退させて。私も出る」
「はっ!」
進行を進める狂暴化グロリア達を足止めする騎士達。元々が格上の敵であり数も多い。本来であれば格下で数も少ない北の陣は策をろうしたとしても早々にうねりに飲み込まれて崩壊するはずだった。
だが戦端を開いてみると、狂暴化グロリアは脅威には違いないが太刀打ちできないほどではなかったのだ。
これはどこの戦場にも当てはまる。本来であれば山をも砕くほどの力を持つSランクグロリアの一撃でも防衛に特化したグロリアであれば何とか受けきれるくらいに。
何が理由かは定かではないが、理由の追及などは後でもいい。今が無ければ後も無いのだ。
「敵のグロリアを死なせるんじゃないぞ!」
隊長格の騎士が声を上げる。
「わかっているであります。元は国民のグロリア。そのグロリアを死なせたとあっては騎士にとって不名誉!」
「ああ。それにこの数だ。足止めするので精一杯でとてもじゃないが一体一体にそこまで力はかけてられん。その力があれば一体でも多くのグロリアを足止めせよ!」
強力な攻撃を受けて今にも倒れそうなグロリアとその
ここだけではない。すべての戦場で皆が騎士としての誇りを胸に戦っている。
「ガザン隊長、団長から後退の指示が出ました」
「おう、ようやくか。お前達、作戦通り引き付けながら後退するぞ。悟られるなよ!」
「はっ!」
防衛の一部を担っていたガザン隊が後退し始める。
それはもちろん防衛ラインに穴が開くことを意味していて……穴の開いた部分に狂暴化グロリア達が押し寄せ、突き進んで行く。
このままいくと他の部隊は横から、背後からと攻撃を受け容易に壊滅してしまうだろう。
だがそうはならなかった。ガザン隊はただ後退したのではない。敵グロリアが横の隊を襲わないように、薄くだが防衛線に穴が空かないように横で防衛している隊と協力しながら縦に騎士を配置しつつ敵を引き付ける様に後退していたのだ。
それに応えるかのように狂暴化グロリアは後退するガザン隊を狙い続けた。
空から見れば良く分かっただろう。一部分だけ間延びした狂暴化グロリアの一団。そして、その
「突撃せよ!」
掛け声と共に勢いよく突っ込んで来たのはカルル団長とブワーフ隊。全員が機動力に優れるグロリアに騎乗している。
白い体に黒い縞模様が入ったトラのグロリア。Aランクのブランシェタイガーに騎乗するのがカルル団長。
彼女を筆頭にウマグロリアやウシグロリアに乗った騎士達が、前方の敵を追うのに夢中で横に注意を払っていなかった狂暴化グロリア達を蹴散らしていく。
つまりは間延びして細く長くなっていた狂暴化グロリア達の横っ腹を撃ち、向こう側へと突っ切る事で敵グロリアの前方と後方を分断したのだ。
「ジャリコ隊は防衛線を塞いで!」
ガザン隊の横で戦っていたジャリコ隊が分断した隙間に入り込む。
「ブワーフ隊、ガザン隊、エルグ隊は包囲した敵を殲滅せよ!」
ジャリコ隊が防衛線を修復した事によって、北の陣深くまで入り込んだ狂暴化グロリア達は孤立することになり、そこを前後左右四方八方から攻撃を受ける事になる。
さすがの狂暴化グロリア達もその攻撃には抗えず倒れていき、やがて陣内には敵勢力は存在しなくなった。
「よし、次だ。傷を負ったグロリアは急いで手当を。準備が整い次第再度包囲作戦を実行する」
こうして北の陣もグロリア達の進行を阻んでいた。
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