181 月下の大森林の戦い その1
「あれが、
辺り一面を覆う紫色の巨大な物体を目にしてレナはポツリとそう漏らす。
本来は視界の隅から隅まで緑の森林が広がっているはずの場所。
だがそこは深く重い紫色が支配していた。
◆◆◆
朝日が昇ってすぐの薄暗い中、野営地を出発した騎士団。
数時間の進軍の後、目的地である月下の大森林へと到着した。
大森林の名に恥じない巨大な木々が生い茂る密林地帯。瘴気を弾くと言われているとおり、はぐれグロリアの存在は全く感じられない。それどころか、木々から溢れ出しているとされる輝力に満ち溢れている。
そのおかげでグロリアも騎士達もここまでの進軍の疲労が抜けていくような、そんな恩恵があった。
俺達がいるのは月下の大森林の外れ。地図によるといくつかの丘陵がある場所だ。
丘を登り高い位置からその先を見渡す。
そこで初めて俺達は相対するモノの存在を確認したのだ。
全長5km。話しで聞くのと実際に目にするのでは全く意味が異なる。
デカい。それに尽きる。脳内イメージをはるかに超えたデカさ。
紫色をした流動体。見るからに毒々しい色のソレが眼下一面に広がっているのだ。
そんな巨大な物体だ。見ただけでは移動しているとは感じられない。
だが実際こいつは人が歩くのと同じくらいのスピードで進んでいるのだ。
その上空に点のように見えるのは飛行する狂暴化グロリアだろう。
それなりの数がいるようだがまだ遠くて全容はつかめない。
もちろん周囲にも数万のグロリア達がいる。
森の木々によって確認しづらいが、おおよその数に間違いはないだろう。
そんな光景にぼーっとしている暇はない。
俺達はここで防衛戦を行わなくてはならないのだ。
この周囲は大小の丘がいくつも連なっていて、丘と丘の間は谷のようになっている。
つまりは
俺達のいるこの本陣は中央に位置する。北側の丘よりも標高は低く、あの紫の巨体でも乗り越えることができてしまう丘だ。
そして北側にはここより高い丘があり、この中央の丘とに挟まれた谷がある。谷と言っても幅は広め。数万の狂暴化グロリアが通るには最適だ。そこにはカルル騎士団長率いる王都守護騎士団と王都近隣の兵士達が布陣している。その数1,700。
本陣のある丘の南側。こちらにも谷があるがそちらは狭く少人数で守ることができる天然の要塞のようになっている。そこには騎士団の中でも防衛に特化しているドッカ―騎士団長率いる王宮守護騎士団300名が布陣している。
そして中央には自由騎士レナが率いる兵士隊3000名。これに数十人の騎士を加えた最大戦力が中央軍だ。なだらかな傾斜が続く丘なので敵の多くがここを進むと想定される。一番の激戦地。
そんな所をただ横に並んで迎え撃つわけではない。敵との接触まであとわずかしか無いが、その中で中央の丘を防衛用の陣にしなければならないのだ。
レナの指揮の元、要塞化の準備が進められる。
時間も人手も足りないので簡易なものにならざるを得ない。その材料は周囲に山ほどある木材。
巨人型のグロリアが大木を根元から引っこ抜いたり、斧のような刃物型のグロリアが大木を切り倒したり。各々の特徴を生かしながら木材を調達し、壁になるように地面にぶっさす。
防御力を高めるため横方に丸太を括り付け格子状にしていく。蔦を自在に操るグロリアや、粘着物質を使いこなすスライムなど、そこに人の手も加えて出来る限り強固にしていく。
木材は本陣の後方から調達している。周囲を覆う森林は空からの攻撃を防御してくれる天然の遮蔽物であり、前方の木々を倒して陣を作るとそれが失われてしまうからだ。
モグラのようなグロリアのドリルライナーその鋭利な爪で堀り、後足が発達したカンガルーフットが後足で砂を蹴ってかき出すようにして、防壁の前を掘り返し簡易な堀を作り出す。
そうやって陣地作成を進めていき、丸太による柵が何層か完成した頃。
敵の一団は、その全容を目視確認できる距離まで迫っていた。
「あ、あれはサウザンドビッグアイ! トリシーダーにエアマスターもいるぞ!」
「あそこを見ろ! あの炎の中心! バーンナウト・ホースだ! 伝説上のグロリアだぞ!」
「ど、ドラゴン!? それもあの鱗の色! 多くの返り血を浴びて黒く染まったっていうブラックドラゴンだ!」
おうおう、予想通り大混乱だな。
敵のグロリアは普段見る事のない最上位種。おとぎ話や伝説の中でしか出てこないようなそんなグロリア達だ。
『サウザンドビッグアイ:Sランク
いくつもの巨大な目とそれらを繋ぐ細い触手で構成されたグロリア。その目は眼力に優れ目が合ったものを恐慌状態に陥れる。恐慌だけではなく麻痺、石化、死とその効果は多数に渡り心の弱い者は絶対にその姿を見てはいけない』
『トリシーダー:Aランク
その体は薄い円盤状のディスクが連なって構成されており、ディスクの中心に柔軟な体組織が存在し骨のような役割を果たしている。見た目は大蛇のようであり、体のディスクを震わせて共鳴させることにより破壊音波や催眠音波など様々な音を生み出す』
『エアマスター:Aランク
全高10mにもなる一枚板のような巨体。腹にあたる部分が空洞になっており、そこに5枚のプロペラのような羽が存在し、それを回転させることによって激しい竜巻を生み出す。手足は短く、巨体であるために移動速度は遅いがその姿を目にしたら一目散に逃げる事が推奨されている』
『バーンナウト・ホース:Sランク
全高3mを超える巨大なウマグロリア。全身を紅蓮の炎で包まれており、近づくものを焼き払う。たくましい脚力で大地を疾走し、その速度にはどんなグロリアも追いつけないと言われている。なお全身に纏う炎は
『ブラックドラゴン:Sランク
ドラゴンの中でも狂暴な個体が破壊と殺戮を繰り返し、いつしかその鱗が帰り血で黒く染まったドラゴン。炎を吐くことは出来るが、破壊と殺戮の衝動に身を任せた彼らは牙や爪での物理攻撃で相手を屠るのを好むため滅多に炎を吐くことは無い』
などなど……。
一体だけでも国一つ壊滅させるようなグロリア達だ。それが多数。そうそうたるメンバーだ。
とは言え逃げるわけにはいかない。俺達の後ろには村が、町が、王都があり、そこに住む人々がいるのだ。
怯えているわけにはいかないぞ。
「落ち着きなさい! そして私の声を聞きなさい!」
レナが高らかと言い放った。
「私は自由騎士レナ! 王国最強の騎士であり、すべての国民の守護者!
あなた方には私が付いています。何も怯えることはありません。
私たちの背には守るべき人々がいます。それはとても重く感じることでしょう。ですが重いだの敵が強いだの言っていても何も変わりません。前を向き、先を見据えるのです。
とは言え、戦いの中でくじけそうになることもあるでしょう。前ばかり見ていられない、この先どうなるのか分からない、そう思うこともあるでしょう。
そんな時は私を見てください。あなたの後ろにはいつも私がいるのですから」
良く言ったぞレナ。いい鼓舞だ。100点満点をあげよう。
「で、ですが、いくらレナ様と言えど」
「ば、ばか、お前何を言ってるんだ」
「じゃあ、お前はあんな大群に一人の人間で勝てると思っているのかよ!」
「ぐっ……」
これは相当怯えてしまってるな。
だが無理もない。兵士達は鍛えているとは言え契約しているグロリアの大半はCランクだ。それで格上のAランクやSランクと戦えというのだ。それに、数で優っているのならともかく相手の方が数が多い。
さてどうするレナ?
「しかたないね」
俺に向けてそう小さく言うと、レナはおもむろに歩き出し、俺もその後に続く
スタスタと進んだレナは防御柵の前で止まると柵に右手をかける。
「レナ、さま?」
いったい何をするんだと兵士たちが思っている矢先
「はっ!」
華麗に跳躍し、防御柵を飛び越えて敵の目前へと着地した。
「れ、レナ様、お戻りください! 危険です!」
「いけない、レナ様のことを嗅ぎつけて、ああっ! あれはSランクのライトニングライガー!」
「そこでよく見ておいてください」
そう言うと正面に迫りくる雷を纏った大型のトラグロリアを見据える。
いっちょ派手にやるとするかレナ。
「ええスー。頼んだわよ」
任せておきな。
――ギャォォォォォォォォッ!
俺達を殲滅しようと大きな咆哮を上げながら飛び掛かってくるライトニングライガー。
「スー、体当たり!」
俺はレナの指示と同時に体内で練り上げた膨大な輝力を爆発させる。
やることは簡単だ。飛び掛かってくるデカい獣にむかって体をぶつけるだけ。ただそれだけだ。
――ドゴォォォン
大きな音がした。
俺の体当たりは目論見通り飛び掛かって来たライトニングライガーのどてっぱらにクリーンヒット。ただの体当たりと侮るなかれ。もはや46センチ砲にも匹敵する威力だ。
「あ、あ、ああ……」
呆然と見ている兵士諸君。
さっきの大きな音は、俺の体当たりが決まって、ライトニングライガーの巨体が宙を舞いながら後方にぶっとんでいき、その勢いで何体かのグロリアを巻き込んだ音だ。
「女神だ……」
「そうだ、勝利の女神だ!」
「俺達にはレナ様がついてる!」
大歓声が上がる中、レナは後ろに束ねた金色の三つ編みを揺らしながらゆっくりと本陣へと戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます