180 それだけで素晴らしいと言える

「レナ様、お疲れのところ申し訳ない。少しよろしいかな」


 天幕の外から声が聞こえて来た。


「あ、はい、少しお待ちくださいね。鎧を外している所でして」


 レナはそう返答する一方、ワタワタともう片方のベルトを外す。


「おお、すみませんな武骨者ゆえ気が回りませんでした。出直すことにさせてもらいます」


「いえ、すぐに済みますのでお気になさらず」


 留め具を全て外し終え、てきぱきと鎧を外していくレナ。そもそもレナが身に着けているのは胸部の鎧だけなのでそれさえ外してしまえば終わりだ。


「お待たせしました。どうぞ」


 居住まいを正して相手を招き入れる。

 声から誰だかわかってはいたのだが、天幕に入ってきたのは王宮守護騎士団長のドッカ―さんだった。


「お寛ぎになっているところ申し訳ない。レナ様に聞いてもらいたい話がありましてな」


 胡坐をかいて豪快に座ったドッカ―さん。歴戦の騎士であり肩幅も広くでかい。

 自由騎士用天幕は軍議も可能なようにしているため一般の騎士たちの天幕より広いのだが、彼の存在がその大半を埋めているかのような圧迫感だ。


 おや、その布の包みはなんだ?


 横にドカッと置いた布の包み。戦国武将の首でも包まれているのか、とか思ったがここはそんなバイオレンスな世界じゃない。それに首ではなく、なにやら硬いものが包まれているようだ。


招かれざる者アンインバイテッドと対峙した際の布陣のご相談でしょうか」


「おっと、レナ様は真面目すぎますな。しかしそう思われていらしたのなら申し訳ない。戦いの話ではなく実は個人的な相談でしてな……これなんですが」


 ドッカ―さんは持ってきた包みをシュルリと開く。


「わあ、この子はアイアンスライムですね!」


 レナの表情がぱぁっと明るくなる。


 包みから出て来た鈍い銀色の丸い物体。Cランクのアイアンスライムだ。

 体が金属のように固くなったスライムで、まるで丸い鉄の玉。カッチカチの体は軟体のスライムのように体を動かして移動が出来ないはずなのだが、何故か不思議な力で跳ねたり移動したりする。極めつけにその移動スピードはものすごく速い。瞬きしたあっという間に見えなくなるほどのスピードだ。

 ちなみにグロリアバトルで倒すとかなり経験値が貯まるらしい。模擬戦では引っ張りだこの存在だ。


「お恥ずかしながら、普段から流行りなんぞには乗らんと言っておきながら、スライムに興味を示す孫のために召喚にチャレンジしてみましてな。そうしたら幸運な事に召喚できてしまいまして」


「ドッカ―団長、お孫さんの前では形無しですからね」


 そう言いながら、すりすりとあの鉄の塊を手で撫でている。


「噂にたがわぬスライム好きですな。良ければ抱いてもらっても結構ですぞ」


「いいんですか! わぁ」


 レナは鉄の塊に手を伸ばすと、体積の割に質量が重いそれをぎゅっと抱き上げた。


 その瞬間――


 ――ゴンッ


「あうっ」


 アイアンスライムがレナの腕の中から勢いよく抜け出し、レナのおでこにごっつんこしたのだ。


「れ、レナ様、大丈夫ですか!」


 流石の歴戦騎士もこれには驚いたのか狼狽うろたえる。


「大丈夫です、ちょっと当たっただけですので」


 細い指でおでこをさするレナ。

 幸いにも少し赤くなっているだけであり、血が出たりはしていない。


 現行犯のアイアンスライムはするりと動いてドッカ―さんの後ろに隠れたが……。


 このやろう。嫁入り前のレナの額に傷を付けるなんて、どう落とし前を付けてくれるんだ、ああん?


 俺は心のモヤモヤと怒りとが合わさって瞬間的に沸騰してしまい、どうやら膨大な輝力を噴出させたらしく――


「あ、こらどこに行くんだ! 待て!」


 アイアンスライムは光の速さでバサリと天幕の入口を抜けて消えて行った。


「スー、怯えさせたらだめよ」


 あ、その、だってな、あいつがだな……。


「まずいですな。あいつが見つかっては部下への示しがつかん」


「すみません、私も行きますので急いで探しましょう」


「かたじけない」


 こうして逃走したアイアンスライムを探し始める事になったのだが、あのスピードに追い付けるとは到底思えない。なんせバトル時にグロリアを同時にクラテルから出したとしてもこちらが実体化した時にはすでに一撃くらっているような素早さだ。


 天幕から出て、さてどちらに行ったのかと考える。

 ちょっと脅し過ぎたからかなり先まで逃げてしまったのではないか、と思ったのもつかの間。


「わわ」

「なんだこいつ」

「敵襲か!?」


 などとそこらかしこで高速で移動する鉄の物体が目撃され続けている。

 これはもうこっそり捕まえるとかそういう状況じゃないな。


「皆さん、刺激しないようにゆっくりと捕まえてください」


「ええ?」

「レナ様?」

「何が?」


 などと状況を理解できない騎士たちの足元をひゅんひゅんとアイアンスライムが駆け抜けていく。


「こら、ボッコス、落ち着け。落ち着くんだ」


 契約者マスターであるドッカ―さんが呼びかけるが一向にスピードが落ちる気配はない。


 レナの役に立とうと兵士たちは血眼になってアイアンスライムボッコスを捕えようとするが、欲望センサーというかなんというかそういうものが逆にボッコスを刺激してしまい……。


 野営地内がてんやわんやになるなか、俺が仕掛けた粘着物質の上を通ったボッコスにねばねばがくっ付いて、そしてようやく動きを止める事が出来た。


「いやはや、ワシのボッコスがご迷惑をおかけしましたなレナ様」


 逃げないようにガッチリと太い腕に捕まれたアイアンスライムボッコス

 ムキムキの胸板と腕に挟まれる彼(?)を見ていると、俺はレナのグロリアでよかったなって、そう思う。


「団長、そのスライムは……」


 捕獲に手を貸してくれた騎士達の一人が口を開く。


「ふむ、ばれてしまっては仕方ない。漬物石と偽ってここまで来たのだが、もう隠しとおせはせんな」


 戦場に漬物石を持ち込むとか流石に無理があるだろ。まあ戦国武将の首よりは信ぴょう性はあるけど。


「レナ様の天幕から出てきたようですが、まさか団長、抜け駆けして」


「わはは、すまんすまん」


「ずるいですよ団長、俺達だってレナ様とスライム談義したいのに」


「そうですよ、いつその機会が訪れてもいいようにマイスライムを可愛がっているというのに!」


 そう言うと騎士達は次々と自らのスライムを掲げ始めた。


 赤に青に黒に緑に。様々な色のスライムたち。

 マキーリで全員がすべてのグロリアを出して進軍しているのだが、そう言えばそのグロリア達の中にチラチラ、チラチラとスライムの姿があったような……。


 騒ぎを聞きつけたのかスライムを持った騎士達がわらわらと集まってきてレナを囲み始める。


 ていうか、スライム比率高くない?

 どれだけスライムと契約している騎士達がいるんだ!?


 たちまちレナの周囲はスライムだらけになる。これだけのスライムが一か所に集まると、昔リゼルと一緒に行ったグロリアランドを思い出す。


 そんな様子に満面の笑みを浮かべているレナ。

 スライムの名前を聞いたり、好みの草を聞いたりと生き生きと談笑している。


「スライムと言うグロリアは不思議だな」


 少し離れた所でレナの様子を眺めている俺に、ドッカ―さんが語り掛けてくる。


「ワシはスライムについては素人だが、契約してみて初めてその秘められたポテンシャルに驚かされる。何より、レナ様があんなに笑顔になってくれるんだ。それだけで素晴らしいと言える」


 ドッカ―さん……。

 そうか。ここ数日レナの元気が無かったから心配してくれたんだな。

 さすがは歴戦の騎士。イケオジだ。


 レナの代わりに礼を言っておくよ。ありがとう。

 って、俺の言っていることは伝わらないんだけどな。


 通じたのか通じなかったのか。ドッカ―さんはポンポンと俺の上に手を乗せて。


「さて、ワシも混ざってくるとしようかのう。

 こらお前達! レナ様とスライム談義をするのはワシが最初だぞ!」


 そう言ってドスドスと輪に割って入っていった。


 団長、職権乱用です! などとブーイングが出るが、本心からそれを言っている騎士は誰もいなかった。お互い信頼しあって心でつながっている、そんな強い絆の騎士団なんだ。


 そしてそこにレナも加わる。騎士達と笑いあって絆を深めて。そうして一丸となって戦う戦友となるのだ。


 おっと、俺もこうしちゃいられない。輪の中に加わるとするか。


 おい、こら、そこの緑のスライム、レナにくっ付きすぎだぞ!

 あ、レナ、ちょっとスキンシップが激しすぎない? レナ、ねえ!

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