178 故郷の秘術

 クラテル技師になるため故郷に帰っていたはずのザンメア。

 相変わらず闇に溶け込む黒系統の服装で口元も布で隠しているニンジャスタイルだ。

 もしかして職業柄こんな服装をしていたのではなく自分の趣味なのだろうか。


「5年ぶり、になりますか。レナ様はますますお綺麗になられましたな」


 おいおい、今取り込んでるんだ。本当の事を言うのもいいけど時と場所は選べよな!


「それでザンメアさん、事前にご連絡いただければ面会できますのに、わざわざ制止を振り切ってここまで来られたということは、何か重要なことでも?」


 挨拶もそこそこに本題を切りだせとレナは言う。


「そのとおりです。流石はレナ様。ここに来る途中、くだんの町を見てきました。グロリアが暴れ出す現象、どうやら外部からクラテルに干渉して進化を無理矢理引き起こしているようでした。その町はすでに人もグロリアも去った後でしたが、周囲には輝力も瘴気もほとんどなく、異常な状態でした。おそらく狂暴化したグロリアがそれらを吸収しながら移動したのだと思われます」


 ザンメア、ベルセルクゾーンに入ったのか!?

 グロリアは大丈夫だったのか? あの槍グロリアヤタは無事なのか?


「無事……だったんですか?」


「はい。拙者、故郷の国に伝わる秘術を読み解いて、クラテルの構造が不明な個所ブラックボックスの一部を解き明かしました。それをクラテルに施して外部からの干渉を受け付けなくしているので、拙者のグロリアは影響ありませんでした」


 そう言うと、腰に下げた打ち上げ花火のような大きなクラテルからグロリアを呼び出した。


「本当だ、昔戦ったヤタのままだわ」


「レナ様、この男の戯言かもしれません。ベルセルクゾーンに入っておらず出まかせを言っているのならグロリアが無事なのも当然です」


 リストさんが疑いのまなざしを向けている。

 彼はザンメアの事を知っているのだろう。これまでおこなって来たその裏稼業の内容も。


「大丈夫よリストさん。ザンメアさんはいい人よ。それに……今はわらにもすがりたい」


「ですが……。

 いえ、出過ぎた真似をいたしました」


 リストさんに対してニコリと笑顔を見せたものの、レナの表情はその後険しくなって……リストさんもその想いを感じ取ったので引いたのだろう。


「ザンメアさん。その秘術、教えていただけるという事でよいでしょうか」


「もちろんです。拙者、レナ様のご恩に報いるためにここにはせ参じた次第。拙者の知識がレナ様のお役に立てるのなら本望です」


「ありがとうザンメアさん。嬉しいわ」


「光栄にございます。さっそくなのですが、拙者のクラテルに施した技術は上位のもので、施すのに一週間程度必要となります。この切迫した状況ではその時間はありませんので、簡易的な方法を伝授いたそうと思います。それならものの数秒で終わります。そうですな……そこの、お主のクラテルを貸してはくれぬか?」


「えっ! 私のクラテルを?」


 唐突に指名された騎士君が鳩が豆鉄砲を食ったようになっている。


「そうだ。お主はいきなり現れた怪しい男の言う事にレナ様のクラテルを使わせるという不忠者なのか?」


「も、もちろん違う! ほら、これだ。壊すなよ?」


 ううん、ちょろい騎士君だな。

 とは言え、別に俺の入っているクラテルでも良かったのでは、と思う。

 俺もザンメアの事は信用しているからな。


「それでは。方法は簡単。クラテルを手に持って正面に突き出したうえで、こうします」


 ザンメアはクラテルをマラカスみたいにシャカシャカと振り出して、コンコンと小突いて……またシャカシャカと振り出して小突いて。


「これで終わりです」


 周囲がざわついた。


「あの、ザンメアさん、もう一度お願いします。ちょっと速かったかなって」


「おっと失礼しました。それでは解説を交えながらもう一度。この簡易方法はクラテルを動かす事により動作します。クラテルを上に、そして下に。もう一度上に、そして下に。次に左に、右に。もう一度左に、右に。そこまでやってから二回クラテルに衝撃を与えてください。そこまでが一セット。これを3回連続で行う事で遮断モードに移行します」


 なになに、上下上下左右左右コンコンを3回か。何かのコマンド見たいだな。


「ほれお主、クラテルからグロリアを呼び出してみるのだ」


 ザンメアがクラテルを騎士君に渡すと、騎士君は「でてこい!」と気合を入れてグロリアを呼び出そうとしたが、うんともすんともクラテルは反応しなかった。


「だ、だめです、レナ様。この男の言う事は本当のようです」


「それ、貸してみよ。解除の方法は右、左、左下、下、右下、右で、正面にパンチ」


 ふーむ。→←↙↓↘→+Pね。技が出そうだ。


 ザンメアがクラテルを返すと、騎士君がグロリアを呼び出していた。


「このように、この方法は簡易のため契約者マスターからの指示ですら受け付けません。また一日経つと自動的に通常モードに戻ってしまいますのでお気をつけください。言うまでも無いことですが、クラテルは僅かですが周囲の輝力も吸っていて、クラテル内の環境維持はその輝力で行っています。遮断モードになるとそれが行われなくなりますので注意してください。

 大切な事なのでもう一度お伝えしますが、先ほどのように中のグロリアを呼び出す音声認識機能も働かなくなります。クラテルからグロリアを出した状態で遮断モードにする運用になるかと思いますが、クラテル内に戻すこともできませんのでご注意ください。いざ、という時判断を間違わないように」


 いざという時とは言わずもがな。グロリアがどんなに重いダメージを負ってもクラテルの中には戻せない。敗北は死につながると言う事だ。


 皆が自身のグロリアの事を考えてか無言になる。


 ほら、レナ、俺は大丈夫だから。安心しろって、ちょっとやそっとじゃ死にやしない。これまでもそうだっただろ。


 俺は椅子に座って暗い表情をしているレナの膝の上に乗る。


「スー……」


 ほら、そんな顔をしていたら美人が台無しだ。それに今やレナはこの国の騎士の頂点。そんなレナが暗い顔をしていたら周りに影響してしまうぞ。


「そう、だったね。ありがとうスー」


 レナは笑顔を浮かべると、パンパンと手を叩いて皆の意識を闇の深みから引き上げる。


「皆さん、やりましょう。活路が、光が見えたのです。この暗闇の中に光が。私達騎士の使命はなんですか? 大切な人を守る事です。そのための力を皆さんは持っている。今、その力を使わずにいつ使うのですか!」


 おお、そうだそうだ、と周りが湧きたつ。


 うんうん。成長したなレナ。もう18歳だからな。

 8年前だったか。ベッドの中で「騎士になりたい、みんなを守りたい」って言っていたことを思い出すよ。


 そんなわけでザンメア先生にレクチャーを受けながら各々が自身のクラテルで簡易遮断モードを試し始める。


 俺はクラテルの中に戻ってレナのアクションを待つ。

 すると、クラテルの中から見える外の景色がぶんぶんと動き始めて…………これはなんていうか、酔う!

 人間だったらきっと酔う。俺は三半規管が無いから酔わないけど、っと、お、……真っ暗になったぞ。


 今まで見えていたクラテル外の景色が見えなくなった。これが遮断状態か。全然状況がわからないな。クラテル内の空気の対流というか温度調整というかも止まっている感じ。魚グロリアが入っているクラテルは水で満たされているらしいので、その水も濁ってきたりするのだろう。


 お、明るくなった。

 でもって、レナからのお呼び出しだ。


 俺はクラテルから呼び出されレナの胸の中へ戻った。


 どうだったレナ?


「うん。ザンメアさんの言う通り、呼び出そうと思っても呼び出せなかったよ。スーはどうだった?」


 真っ暗だったよ。あと息苦しかったかな。


「そっか、ごめんね。でもこれで」


 ああ。反撃が出来る。今まで一方的にやられていたがここからは俺達の時間だ!


「レナ様、口挟むようで申し訳ございません。外部からの干渉を受け付け無いように見えるとは言え、本当にベルセルクゾーンで効果があるかどうかには疑問が残ります」


「大丈夫ですよリストさん」


「ザンメアですよ、あの。こればかりは譲れません。私が実地検証してまいります。レナ様はその間に騎士団の編成を。ザンメア、お前も来るんだ」


「承知した。拙者のやって来たことを考えるとそれもやむを得ぬこと。レナ様、しばしこの男に付き合って参ります」


 リストさんは従者チルカのスラさんとザンメアを連れて作戦指令室を後にした。


 さて、やるぞレナ!

 敵は招かれざる者アンインバイテッドと数千の最上位種のグロリアだ!


「ええ。飛行部隊は各地へ伝令! 円の範囲に近い町から順に遮断方法を伝えて! 同時にイングヴァイトにも!

 それと騎士団の編成ですが、王宮守護騎士団をメインに、王都守護騎士団から精鋭を。親衛隊はここで待機。マキーリ近隣の兵士隊にも出動要請を!」


「「「「はっ!」」」」


 レナの指示に対して各騎士団長が返事と共に動き出す。


 今回主力となるのは王宮守護騎士団。王宮を守護する精鋭中の精鋭だ。その騎士団長がドッカ―・ドルドゲン。豪快で体もデカい老年も間近のおじちゃん。どうやら最近孫が生まれたらしく、孫の前では表情が緩みまくるらしい。


 そして王都内の治安を維持している王都守護騎士団。騎士団長のカルル・マルさんには以前クシャーナに運んでもらうときマックスにお世話になった関係で知り合った。カルルさんも足早に作戦指令室を出て行った。騎士団の中から精鋭を選出してくれるはずだ。


 親衛隊には待機命令。王宮守護騎士団を動かすので、その間の王城の守りは手薄になる。王族警護のための親衛隊にはその間頑張ってもらわないといけない。親衛隊長のミリクワイト・アルザリーンは腕はたつが細かい男で、いつもイライラしている。

 どうやらウルガーの事が嫌いだったらしく、レナにも態度はそっけない。とは言え、仕事はきっちりとこなすのでレナからの信頼は厚い。だが機会があったら俺がしこたま指導してやろうと考えている。


 そんなこんなで反撃の狼煙は上がったのだった。

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