176 月下の大森林

「さあ、ルーナシア王国主催スライムライドレース、第3回スーちゃんズカップも大詰めです! 先頭は飛び入り参加の自由騎士レナ! このスーちゃんズカップの考案者でもあり、国内屈指のスライムライダーでもあります!」


 かっ飛ばすぞレナ、振り落とされるなよ!


「あらスー、誰に向かって言ってるのかしら」


 おっと、愚問だったな。


「なお、このレースでみごと自由騎士レナに勝利すると自由騎士の称号とレナとの結婚を手にする事ができます。

 ここで後続の男達がペースを上げたぁ! 結婚というパワーワードで火が付いたのかぁ!?」


 ふん! 俺の目の黒いうちはどことも知らん男にレナを嫁にやるわけにはいかん!


「先頭のスー、さらにスピードを上げる! あの速度ではコーナーを曲がり切れないぞ!? い、いや、流石は自由騎士、見事な体捌きで加速したままコーナーを突っ切ったぁぁぁぁ!」


 うおぉぉぉぉぉぉ!


 俺は今朝感じた妙な胸騒ぎを振り払うために全力で走る。

 俺だけなら気のせいで済んだかもしれないが、レナも同じように何かを感じとっていたのだ。


 っと、いかんいかん。今はレース中。集中しないと。

 俺に勝てないようなやつらなんかにはレナに指一本触れさせんぞ!


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「ゴォォォォォォォォォォォォォォる! 一着は自由騎士レナ&スー! 見事です! 流石は自由騎士。数々の偉業を持つ彼女の前には一流のスライムライダーも真っ青だ!」


 俺の体に付けられた鞍からひらりと降りるレナ。

 自由騎士になってからここ3年で身長も伸び、【可愛い】だった評価も【綺麗】へと移りつつあるところだ。


 安全用のヘルメットを脱ぎ、駆け寄ってきた運営の人に手渡して主賓席へと戻ろうとすると、ガッチャガッチャと音を立てながら騎士がこちらに駆けて来た。


「レナ様、お耳を」


 ただならぬ様子の騎士。

 誰にも聞こえないようにその騎士が伝えて来た内容は、まさに俺達が今朝感じた不安の答えだった。


「地方の町でグロリアが狂暴化して暴れています。その数、数千。直ちに王城までお戻りください」


 ◆◆◆


 表彰式を辞退して一路王城へと戻った俺達。


 足早に作戦指令室に入ると中はごった返していた。

 レナの姿を見るや否や、主要なメンバーがテーブルに着席する。


「状況を」


「はっ! 地方の町ルカルスで住民のグロリアが狂暴化して暴れています。ルカルスにはおよそ三千人が住んでおり、狂暴化したグロリアの数は三千を超えると思われます。また、町に駐在していた騎士のグロリアだけでなく、駆け付けた騎士のグロリアも狂暴化しています」


 レナの言葉に対して控えていた騎士が報告を行う。


「被害は?」


「特定できてはいません。駆け付けた騎士によるとグロリア達は見境なく暴れており、家屋や田畑に被害が出ているとのことです。家屋の崩落やグロリア同士の戦いに巻き込まれた住民が存在する可能性があり現在捜索及び救助活動中ですが、なにぶんグロリアの力を借りる事が出来ないため捜索は難航しています」


「原因は?」


「現在調査中です。なお、偵察隊によると狂暴化というよりは進化しているようです。駆け付けた騎士によると自身のグロリアが突然言う事を聞かなくなり暴れ出し、進化したとのことです」


 どういうことだろうか。情報が少なすぎて何とも言えないな。


「レナ様、騎士団の状況ですが、初動として周囲の町に常駐する騎士及び兵士を対応に当たらせ、追って中核都市マキーリに常駐する騎士隊から医療小隊20名、兵士隊30名を派遣しています。至急の事ゆえレナ様に確認せずに騎士団を動かした事、お許しください」


 自由騎士副官のリストさんが深々と頭を下げる。


「助かりますリストさん。増援は慎重にならざるを得ませんね」


 報告によると三千体以上のグロリアが暴れている。そのグロリア達に正面から相手どるのであれば王都守護騎士団を動かさなくてはならない。

 とは言え、駆け付けた騎士のグロリアも狂暴化してしまうのだ。無策で騎士団を送っても二の舞となってしまう。


 そのためリストさんが送った50名は戦いが目的ではなく救助と偵察が目的のはずで、クラテルも持って行ってないだろう。 


 バタンと扉が開かれて慌てた騎士が入ってくる。


「続報です。どうやら同じことがイングヴァイトでも起こっているとのことです」


 お隣の国でもか? 何が原因かますます分からんな。


「急報! カスル村及びパルチの町でも発生したとのことです!」


 被害が増えてる?


「地図を!」


 レナが声を上げると机の上に大きな地図が広げられた。


「最初の報告はルカルス」


 レナは地図にバッテンを付ける。


「それにカルス村、パルチ……。イングヴァイトは?」


「レーゲ、ミララ、クラッシンズとのことです」


 キュッキュッキュとバッテンを付けていくと……


「レナ様、こ、これは、まさか……」


「ええそうね。円を描いているわ」


 なるほど。イングヴァイトの国境を挟んで半円が出来上がっている。

 被害地域は全てその半円の内側に位置しているのだ。


「中心部は……ここ。ダグラード山脈のふもと、月下の大森林……」


 月下の大森林か。ルーナシアとイングヴァイトにまたがる森林地帯で、森にしては珍しく瘴気をはじき輝力が満ち溢れている場所。そのためはぐれグロリアはおらず安全とされているが、なにぶん森は深く近隣の村の人もすべてを把握しているわけではないらしい。


「レナ様、我々第3偵察隊の出撃はすぐにでも可能です、ご命令があり次第現地に急行します」


「シュルクこー、ごほん、シュルク隊長。速やかに月下の大森林に向かい原因を究明してください」


 学生時代のレナの騎士修行の先生シュルクコーチだ。

 当時は息子であるメレー君の育児のために育児休暇を取っていたが、メレー君も大きくなったのでシュルクコーチも騎士団に復帰したのだ。相変わらず気合の入ったフル装備の全身鎧が光ってるぜ。


「マックス、出発しますよ」


「はいっす!」


 ガチャンガチャンと鎧の音を立てながらシュルクコーチは指令室から出て行った。


 いったい月下の大森林に何があるのか。

 さて、俺達はカルス村とパルチの町への救助部隊の編成を急がないとな。


「失礼します! 急報です!」


 シュルクコーチと入れ替わりに伝令の騎士がやって来た。

 やれやれ、今度は一体何なんだ……。


 伝令騎士君が内容を読み上げる。

 伝令はマキーリから出発した医療小隊からで、最初に被害報告があったルカルスの町のグロリア達が一斉に移動し始めたということだ。移動しているグロリアはほぼすべてが最上位種で、それに混じって異形のグロリアが存在したとのこと。後に残った町には住民がバタバタと倒れており、全員が急激な輝力不足である事を確認しており目下治療に当たっているとのこと。


 数千のグロリア、それも最上位種が一方向に移動を始めた。方向からして目的地は……。


「月下の大森林……」


 だよなレナ。

 そこに何があるのか。シュルクコーチの偵察隊からの報告は早くても明日になるだろう。

 報告内容によっては自由騎士として出陣する必要がある。

 俺達も戦いの準備は整えておこう。



 レナと俺は夜半まで作戦指令室に詰めて、その後仮眠を取ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る