174 たのもー その2

「うーん、そうですね。このスライム、お名前は何と言うのですか?」


「名前? スライムじゃが」


 んー? スライムにスライムという固有名を付けているのか?

 まあなくはないな。レナの学友だったサイリちゃんもギラルドンにギラルドンという名前を付けてたし。


「失礼ですがニニス様。こちらは他の方と交換されたスライムでしょうか」


「そうじゃ。どうしても欲しかったので譲ってもらったのじゃ。流石はレナ様なのじゃ。なんでもお見通しなのじゃ!」


「なるほど。そうでしたら意思疎通不足ですね。

 他の契約者マスターのグロリアはそれまで他のマスターと信頼を培ってきましたので、違う契約者マスターと心を通わせるには通常よりも長い年月が必要です。

 特にスライムは一般的に人見知りが激しいので、なかなか懐いてくれないかもしれません。自分で召喚したのなら別なのですが」


 スライムって人見知りするのか。初めて知ったぞ。


 意思疎通不足と言えば、レナが学校に通っている頃グロリア研究家になりたいって言いだした切っ掛けになった子、リク君と彼のスライムもあまり意思疎通出来ていなかったな。


「おお、そうか! わかったのじゃ! そうとなったら善は急げなのじゃ。いくぞクリングリン」


「あ、お待ちください!」


 レナの言葉から何かの知見を得たニニス様は一目散に部屋を飛び出して……それを慌てて追うクリングリンさんと、出しっぱなしのアクアスライムをよいしょと抱っこして、こちらに軽く会釈をして部屋を去っていく守護騎士ちゃんと。


 なんとなく王女守護騎士隊の仕事について分かったなー、などと思いながら台風のようなニニス様に苦笑するのであった。


 ◆◆◆


「レナ様!」


 数日後、台風の再訪を受ける事になった。


「どうじゃ! わらわのスライムなのじゃ!」


 執務室に入ってくるなりニニス様がクラテルから呼び出したのは、先日の青色のアクアスライムとは違う個体、Fランクの緑色のスライムだった。


「じゃが、どうにも懐かないのじゃ」


 レナが返答するよりも先にニニス様が畳み掛けて来る。


「ニニス様がご自身で召喚されたのですか?」


「そうじゃ。レナ様の言う通り自分で召喚したのじゃ」


 腰に手を当ててちょっと体を逸らしてご自慢ポーズ。どうじゃ、どうじゃ、褒めてよいのじゃぞ、と聞こえてきそうだ。


 しかし待てよ。確か10歳の段階で複数のグロリアと契約できる程の輝力総容量ってあったかな。EランクとFランクだろ、足りてるのか?

 それとも王族だから輝力総容量が高いとかかな?


「ニニス様、この前のアクアスライムはどうされましたか? 輝力総容量は足りていらっしゃるのですか?」


「あやつは元の契約者マスターの元に返したのじゃ」


「に、ニニス様がグロリア契約を破棄して天に返そうとしていたので、な、何とかお止めして我々で元の契約者マスターにお返ししておきました、です」


 この前の無口騎士ちゃんとはまた別の女騎士ちゃんだ。

 アセアセとしている所が初々しい。


「うむ。あやつのことよりもこの子じゃ。名前もきちんと付けたのじゃ。もちまると言うのじゃ。

 もちまるを召喚するのは大変じゃった。お抱えの召喚指南師の言う通りにFランクグロリアが召喚出来るだけの輝力容量だけを残して召喚したのじゃ。

 じゃが、なかなかスライムは召喚できなかったのじゃ。召喚してもスライムじゃなかったグロリアは契約せずに追い返して、再召喚の秘宝も何個使ったことかなのじゃ」


 なんというご無体を……。


「それでようやくもちまるを召喚できたのに、どうしてかわらわに懐いてくれないのじゃ」


 ――ダンッ


 うおっ、びっくりした。

 レナが机に思いっきり手を突いたのだ。


「ニニス様! そんな事ではいつまでたってももちまると仲良くなることは出来ませんよ!」


「ひいっ、どうしてじゃ、なぜ怒っておるのじゃ!?」


「いいですか? グロリアと心を交わすためにはグロリアの事を信頼し、大好きでなくてはなりません」


「わ、わらわ、グロリアの事は大好きじゃぞ。絶対にスライムがいいって言うほどになのじゃ」


 ――ダンッ


「ひ、ひいっ!」


 レナは再び机に手を突いた後、大きく息を吐きだした。

 怒鳴りだしたい所を我慢したようだ。

 ものに訴えるのは正直あまり勧められたものではないが、こればっかりは仕方ない。


「それですよニニス様。あなたがグロリアの事を好きだという思いは独りよがり。ただご自分の欲望を満たすためだけにグロリアの事を道具として見ています。それではグロリアと信頼関係は築けない……。

 他人のグロリアを譲ってもらう。深い思いがあればそれもいいでしょう。しかし、あなたは譲ってもらったグロリアを契約破棄しようとした。

 挙句、大切な召喚の儀式でもグロリアをコスト調整のための道具に使って、さらに召喚されたグロリアも契約せずに天へと返した。ただ、ご自分が満足したいがためにです!」


「ご、ごめんなさいなのじゃ」


 結局、静かに話しているうちに感極まって大きな声を出してしまったな。ニニス王女が怯えて目に涙を貯めてるぞ。


「レナ、後はわたくしが」


 追加で注意しようとした所をクリングリンさんに止められた。


「ニニス様。レナ様が怒っておられる理由は分かりますね? グロリアを大切に。女王様からもそう言われておられたはずです。グロリアと共に繁栄してきたルーナシアの王族たるもの、民の規範となってそれを実践すべきなのです」


「うむ……」


「それでは今からニニス様が成すべき事はお分かりになられますか?」


「グロリアを大切にすること……」


「そうです。それはご自身のグロリアはご自身で世話をする事にほかなりません」


「わらわが自分で……」


「そうです。食事はもちろん、ボディケアもです。ニニス様が真にレナ様のようになりたいのなら、そうすべきです」


「分かったのじゃ。わらわ、もちまるの面倒を見るのじゃ! ご飯もあげるのじゃ。お散歩もさせるのじゃ!」


 どうやら分かってもらえたようだな。

 王族であるが故に一層グロリアには愛を注いでほしいものだ。


「その……レナ、様……。わらわ、グロリアの事、大切にするのじゃ。

 だから、また来てもよいじゃろうか……」


「ええ、よろしいですよ。ニニス様と心を通わせたもちまるの姿、見せていただけるのを楽しみにしていますね」


「はいなのじゃ!」


 先ほどまでしゅんとしてた様子はどこへやら。

 太陽にきらめくひまわりのように爽やかな笑顔を見せてくれている。


「よーしもちまる、今からトレーニングなのじゃ! あ、先にご飯なのじゃ!」


 ニニス様がもちまるを抱きかかえて執務室から走り去る。


「ひ、姫様、お待ちください!」


 それを追う守護騎士ちゃん。


「礼を言いますわレナ。いえ、レナ様。

 ようやく生まれた王女ということでニニス様は甘やかされて育っていましてね。わたくし達も手を焼いていましたのよ」


「いいのよクリングリンさん。ちょっと言い過ぎちゃったし。でも、クリングリンさんも色々あるのね」


「ええ、話すと長くなりますわ」


「大丈夫。私達にはそんなに多くの時間は必要ないよ」


「ええ、そうですわね。グロリアバトルで語り合いましょう」


「そうよ! あの時の借りは返してもらわないとね」


「なんのですわ、今回もわたくしの勝利ですわ!」




 こうして歴代王族の誰よりもグロリアの事を愛し大切に思う王女が誕生し、その姿は国中に広がって、グロリアと民達はなお一層幸せに暮らすことになるのだが、それはまた別のお話。

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