173 たのもー その1

「うわーん、終わらないよー! スー助けてっ!」


 うーんどらどら。

 皆様におかれましてはなお一層勉学に励み……。


「どう? おかしな所、ない?」


 よくできてると思うけど……まだ途中までしか書けていないな。


「だってぇ。おんなじような文章ばっかり書かないといけないんだもん。思いつかないよぉ」


 そう言うとレナは木材で出来た年代物の豪華な装飾の机の上に突っ伏した。


 こらこらレナ、誰も見ていないからって油断しすぎだぞ?


 今この部屋の中にはレナと俺だけ。他には誰もいない。

 この部屋は自由騎士邸の中ではなく、王城内に新設された自由騎士執務室。

 レナがリスト元騎士長に勝ったことで名実ともに自由騎士として認められたため用意されたものだ。


 これでもかと大きな執務机は部屋の窓側に配置されており、レナは一面広がった窓を背に椅子に座っている。部屋の左右には鎧や剣、何かのトロフィーなどに混じって調度品が置かれている。

 壁の上側には額に入れられた歴代王様の肖像画が並べて飾られていたのだが、初めてこの部屋に入った時にレナが怖いと言い出したので肖像画の代わりにスライム種全種の絵に架け替えられている。

 つまりはまあ、漫画やアニメでよくある理事長室的な雰囲気の部屋だ。


「もうだめ……。今日は騎士校で演説、明日は国家対抗飛行グロリアレースでの審判、明後日は王立病院での慰労と王族の方々との国家防衛委員会……。忙しいよーーーーーっ!」


 レナはガバッと体を起こすと革製の豪華な椅子に背を預け、大きく腕を伸ばした。


「はぁ……。レナ、ウルガー様の従者チルカしてたけど……ウルガー様こんなに忙しくなかったよね」


 まあ、確かに。ウルガーは基本何もやってなかったな。思い出せるのは力仕事だけだ。


「だよねぇ。レナ騙されてるよね。リストさんの嘘つき。騎士団の仕事は全部リストさんがやってくれるって言ったのに!」


 そうだなぁ。小耳にはさんだんだけどレナが自由騎士になって仕事の依頼が殺到してるらしいんだよね。

 ぜひとも小さくて可愛い自由騎士様に我が町、我が校、我が社に来て頂きたいとかなんとか。


 リストさんとスラさんも必死に仕事をしているけど、追いつかないんだろうな。

 でもまあ増員するなりして約束通り対応してもらわないとな。レナがまいってしまったら本末転倒だ。


 そういう訳でレナ、明日以降の仕事はリストさんに押し付けるとして、今日のスピーチ原稿は完成させておかないとまずいぞ。


「ううーん……。ん……」


 レナは少し唸ったかと思うと、おもむろに両腕を俺の方に向けて開いた。

 さあおいで、と言わんばかりの体勢だ。


「ちょっとだけだから。ね、ちょっとスー成分を補給したら続きを頑張るから」


 そうだな。レナも働きづめだし、少しくらいは休憩しないとな。


 俺は机の上からぽよりと跳ねて、レナの膝の上に乗る。

 そんな俺の体にレナは手を回すと顔を乗せる。俺の体はまるでレナの全身で包み込まれているかのようだ。


「んんー、やっぱりスーはヒンヤリしててむにむにしてて気持ちいい」


 俺の体の感触を確かめるかのようにすりすりと頬ずりするレナ。


 レナの頬だって白くてきれいですべすべだぞ。


 俺はお返しだと言わんばかりに体を震わせる。

 実際、レナの肌は5歳のころから変わらずプルンプルンの玉肌だ。ずっと頬ずりを受けて来た俺が言うのだから間違いない。


 ぷるんぷるん むにむに

 むにむに ぷるんぷるん


 レナが満足するまで癒しスライムを続けるつもりだったのだが、


「たのもー」


 部屋の外から声が聞こえてきたので打ち切りとなった。


 癒しにトリップしていたレナは、急に聞こえた声にワタワタしながら俺を机の上に戻す。


「どうぞ」


 そして何事も無かったかのように澄ましてそう言った。


 誰だろうな。あまり聞いたことのない声だ。女性の、いや、小さな女の子の声。


 俺達は誰が訪ねてきたのかと構えるが、一向にに扉は開かない。

 ピンポンダッシュか、などと思った時、「早く開けるのじゃ」と外の誰かに呼び掛ける声が僅かに聞こえた。


 間を置かずガチャリと扉が開くと、そこには白のドレスを纏った可愛らしい少女の姿があった。


「レナ様! 初めましてなのじゃ。わらわはニニス。ルーナシア王国第一王女、ニニス・カルノア・ルーナなのじゃ!」


 頭の上には王冠を模した金色の大きな髪飾りが乗っており、フリフリのレースがこれでもかと着いたドレスに白手袋。自己紹介を聞くまでも無く高貴な身分のお方だと分る姿だ。


「存じておりますよニニス様」


「ほ、本当かなのじゃ! 聞いたかクリングリン! レナ様がわらわの事を知っておるって!」


 ニニス様ははちきれんばかりの笑顔で後ろにいた女騎士にそう言った。


「落ち着いてくださいニニス様。ニニス様は王女であらせられますので自由騎士がニニス様の事を知らないわけはありませんわ」


「クリングリンさん!」


 ニニス様の勢いに押されていたレナもそこでようやく彼女に気づいたようだ。

 身にまとった白い綺麗な甲冑も目を引くが、それよりもなお目立つのが金色の髪をくるくると巻いた四つの縦ロール。

 王立学校で一緒に学び、さる第一王女守護騎士隊選抜試験の決勝でぶつかったレナのライバルだ。


「お久しぶりですわねレナさん。いえ、自由騎士レナ様」


「決勝で戦って以来だから……2年ぶりくらいね! 元気だった?」


「ええ、おかげ様で。この通りニニス様の守護騎士を務めさせていただいていますわよ」


「こらークリングリン、わらわを置いてレナ様と楽しそうにするんじゃないのじゃ」


「これは失礼いたしました」


「うむ。わかればよいのじゃ」


 スッと頭を下げたクリングリンさんと、腕を組んで納得した様子のニニス様。


 ニニス様の守護騎士隊は5名。5名それぞれが各騎士養成学校のトップの成績を誇るエリートだ。四六時中ニニス様を守護するため全員が女性。

 つい先日10歳となられたニニス様の誕生日に合わせて守護騎士隊のお披露目も大々的に行われている。


 今ここにいるのは2名。クリングリンさんともう一人の女騎士。

 この女騎士もおそらくはレナと同い年だろう。


「それでニニス様。私に何か御用でもおありでしょうか」


「うむ。わらわ、レナ様の戦う姿を見てレナ様に憧れたのじゃ。だからわらわもスライムを飼おうと思うてな。ほれ」


 ニニス王女はクラテルを取り出すとそこからグロリアを呼び出した。


「きゃー可愛いスライム!」


 ちょっとレナさん、自由騎士自由騎士。

 おめめがキラキラしてますよ?


 まあ無理もないか。呼び出されたのは水色のスライム。Eランクのアクアスライムだ。

 Fランクのスライムの特殊進化系で長い間雨に打たれるのが進化条件だが、そもそもスライムは水を嫌がる傾向があるので自然には進化しにくい。

 俺も昔は水は苦手だったな。特に海水は死に直結するからなぁ。


 そんなアクアスライムを、机に手を突いて身を乗り出すようにしてかぶりつくように見ているレナなのだが……。


 アクアスライムね。

 まあ珍しくはあるな。珍しくは。


「あ、でもスーが一番だからね」


 俺の心を読んだかのようにレナはそう言って、俺の体をなでる。


 べ、別に嫉妬なんかしてないぞ。スライムだからライバルだなんて思っていないからな!


 い、いや思っているのか?

 相手が男の子ならこんな感情は湧かないのに。


 などと思いながら、レナの手に指に体を任せる。

 俺の体には前後左右は無いけど、やはり撫でられると気持ちい角度と場所がある。レナの笑顔を正面に据えながらのこのポジションが一番気持ちいいのだ。


 そんな風に俺の体をなでるレナの手に安心を覚える俺。

 結構ちょろいのかもしれない。


「おぉ、流石はレナ様とスーなのじゃ。一緒にいるだけで絵画のような一体感なのじゃ! じゃが……わらわのスライムと言えば、どうにもわらわに懐かないのじゃ」


 ニニス様がしゃがんでアクアスライムに手を伸ばすが……特に、すり寄るとか怯えるとかのような反応も示さずに、何事も無いように、ただプルンプルンと体を震わせているだけだった。

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