172 騎士長さんは戦いたい その2

「今から見せるのは私達の最強の技、エターナルフォースブリザード。発動したが最後、相手は死ぬ」


 はるか上空から小さく声が聞こえてくる。かなりの距離があるので結構大声を出しているに違いない。


 『エターナルフォースブリザード:一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結させて氷の棺に閉じ込めて死に至らしめる。つまり相手は死ぬ』


 間を置かず神カンペでチェック。

 そう言えばなんか聞いたことある技名だな。前世で後輩がそんな事を言っていた記憶が……。


「リストさまー。こちらの防御はかんぺきですー。どうぞおやりくださいー」


 スラさんが大声で上空の騎士長へと呼びかける。


「ありがとうスラ。助かります。さて、レナ。トドメです。あなた方なら死ぬことは無いと思いますが、戦闘不能は免れないでしょう」


 再び高い所から声が聞こえてくる。


 あそこまでの距離、ちょっとやそっとでは届かない。フレイムブリンガーでも届くかどうかの距離で、届いたとしても速度は減衰しフロストヴァルトーレつらら姫に瞬時に凍り付かされるだろう。


「ちょっと高いねスー。あれをやろっか」


 そうだな。いつかウルガーとケロラインに勝つために修行していたあの技、騎士長ほどの強敵には必要だ。


 騎士長に見せてやろうぜ、俺達の力を!


 俺は上空のフロストヴァルトーレつらら姫の真下辺りに位置取り、そこを中心に円を描くようにグルグルと周囲を回転し始める。


 速くもっと速く!


 高速回転の影響が体内のレナに出にくいようにレナの周囲のスライム細胞だけ流体にしており、発生する遠心力がかかりにくいような設計だ。

 それに加えてレナとは何度も修行しレナの三半規管は強化されているので気持ち悪くなったりはしない。


 だからもっと速く、さらに速く!


「何をしてるんだあのスライム……」


 野次馬さん達には俺の行動の意味が分からないようだな。


 ぐるんぐるんぐるんぐるん。


 さらにスピードを速める俺。このくさだんごディープシースライムは回転の力を使うことに適正のあるグロリアだ。


 ぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるん。


 俺の回転は渦を巻き、そして、それは大気へと伝わり、大きな竜巻を生み出すのだ!


 ――グゴゴゴゴゴゴゴ


「こ、この竜巻は! くっ、姿勢の維持で精一杯……い、いや、これは、動けない!」


 風の渦に囚われたフロストヴァルトーレつらら姫とリスト騎士長。


 この竜巻は動きを奪うだけじゃないんだぜ!


 ドウッ!


 大砲の弾が撃ちだされたかのように俺は上空へと跳躍する。

 その勢いには竜巻の上昇する気流も加わっている。


 上への風と驚異の跳躍力で瞬時にフロストヴァルトーレの距離が詰まり、

 そして風に囚われて動くことのできないフロストヴァルトーレの腹に重い一撃体当たりをお見舞いした。


 リリリリリと弱々しい声を上げるフロストヴァルトーレつらら姫

 リスト騎士長は技を受けた衝撃でフロストヴァルトーレの背から跳ね上げられて宙を舞っているが、なんとか背に戻ろうと手を伸ばしている。


 並みの相手なら今の一撃で勝負が決まるところだ。

 だが俺達は並みじゃない相手と戦うためにこの技を編み出した。


 つまり……俺達の技はまだ終わっちゃいない!


 行くぞレナ!


「いいわよスー!」


 俺は体内からレナをプッと排出する。

 レナは宙を舞い、まだ残っている竜巻の上昇気流に乗ってリスト騎士長よりも上空に位置取る。


 俺は体の表面を粘着物質で覆うと、むにょんと体を伸ばし、俺の一撃を受けて今にも崩れ落ちそうなフロストヴァルトーレを体の下側にくっ付け……そして間を置かずにリスト騎士長を体の上側にくっ付ける。


 つまりサンドイッチ状態だな。

 つらら姫と騎士長がパンで俺が挟まれている具。


 くっ付けると同時にスライムボディを伸ばし体の形状を変えている。

 これで俺の準備は完了だ。


 よーしレナ、準備はいいぞ。


 俺の準備を見届けたレナは、まるで逆立ちするかのように手と頭を下にして降下し、俺にくっ付いた騎士長の背、つまりはくっ付いていない側だが、そこに手を突いた。


 そして倒立体勢のまま体をグイッとひねり回転を生み出そうとする。

 レナのその動作は騎士長の鎧を伝わり俺まで到達し、俺の体が回転を始める。


 そしてぐるんぐるんぐるんぐるんと、つらら姫、俺、騎士長、レナが一体となったコマのように激しく回転する。


 皆様、竹とんぼをご存じだろうか。

 竹で作られたおもちゃで、長方形の薄い板状の羽があって、その中心から下に細い棒が伸びていて、その棒を両手で挟んで回転を引き起こす事によって上空へと飛んでいくおもちゃ。

 羽には角度がついていて回転することによって空気を巻き込んで上昇していく仕組みなのだが……今の俺はその逆状態。


 つまり竹とんぼを逆さまにして回転させている状態なのだ。

 もうお分かりですね。


「コリン・アクンタ・クルエルナーっ!」


 レナが技名を叫ぶ。お嬢様としてははしたないが、騎士が戦いの中で技名を叫ぶのは必須と言っても過言ではないので問題ない。


 ちなみに技名はレナお嬢様のこだわりネームだ。

 俺的に言うと超竜巻回転旋風無限落としだな。

 つまりこんな感じ。

 『超竜巻回転旋風コリン・アクンタ・無限落としクルエルナ


 上昇するための竜巻は消え、代わりに俺の体の回転が生み出す空気の渦下降気流が瞬く間に地面へと体をいざなう。


 ――ドガァァァァァァァァァン


 激突の衝撃を物語る激しい轟音と視界を遮る程の砂煙が巻き起こる。

 それは俺達の技が完璧に決まった事を示していた。


 地面と直接激突したフロストヴァルトーレ。その衝撃を伝える俺の体。俺の体を伝わった衝撃は反対側にいる騎士長にダメージとして伝わる。


 ワンテンポ後、ストンとレナが地面に降り立った。


 技のダメージはレナには伝わっていない。

 騎士長に伝わったダメージが自分の手に伝わる前に、レナは騎士長の体から離れているのだ。


 小さいころから運動神経は良いほうだったがプロの格闘家顔負けの動きが出来るようになるとは驚きだった。


 レナが着地したのを確認して、俺は粘着物質を打ち消す物質を生み出して反作用させ、フロストヴァルトーレと騎士長を解放し、ぴょいんぴょいんと跳ねてレナの元へと戻る。


 砂煙が晴れていく……。


「あ……あ…………」


 信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いたまま口をパクパクさせている審判のスラさん。普段はすました顔をしているのでこのような表情を見るのは珍しいな。


「審判、判定を」


 そんなスラさんにレナがジャッジを求める。


「ふ、フロストヴァルトーレ及び騎士長リスト・ナーシアス、戦闘不能。よって、勝者、自由騎士レナ!」


 うおおおおおおおおおおおおお、と大歓声が巻き起こった。


 やったなレナ、騎士長に勝ったぞ!


 俺はぴょいんと跳ねて、レナが上げている両手に触れる。つまりハイタッチだ。


「うん。凄く練習したもんね。ぐるぐる目が回ってた頃がだいぶん昔に感じるよ」


 ああ。あとはウルガーにこの技で恩返しする師匠に勝つだけだな。


「見事です、レナ・ブライス」


 スラさんに支えられながら騎士長がこちらへ向かって来る。


「あの、加減できなくてごめんなさい」


「かまいません。むしろ全力のあなたを知ることが出来て良かった」


 うん。まあ全力かと言われるとまだまだ余裕はあるけど、黙っておくのが吉だ。


「見事私を打ち負かしたあなたに、騎士試験統括者として騎士の資格を与えましょう」


「えっ? 本当ですか?」


「ええ。そして私は騎士長を退き、自由騎士レナの副官になります」


 えっ? えええええええええええ?


 周囲からもどよめきが巻き起こる。


「ちょ、ちょっと待ってください。それは一体!」


 そうだそうだ、説明を要求するぞ。

 レナの副官ってなんだよ。


「それはもこれはもありません。私が騎士長を辞め自由騎士の副官となる。これで指揮系統は一本化される。あなたが名実共に騎士団の団長です」


 指揮系統の一本化、ねぇ……。


「あの、私、現場主義なので事務仕事はちょっと……」


 それでもレナは食い下がる。


 もちろんレナが事務仕事を出来ないと言う訳ではない。王立学校でも上位の成績だったので事務仕事もお手の物だけど、それよりも実際に守るべき人の顔を見たいというのがレナの想いだよな。


「安心してください。名前こそ副官ですが、今までどおり騎士長が行っていた仕事は私が全部やりますので」


「でも、それじゃあ副騎士長が。副騎士長も騎士長がいたほうがいいですよね?」


 騎士長が不在でも副騎士長は存在する。

 このままでは指揮系統の二重化が生じたままなので、それを解消するには副騎士長ごと無くさないといけなくて……そうしてしまおうというのがリストさんのお話だ。

 つまり副騎士長スラさんの役職が無くなるわけで、そんな重要な事には当人の意向も大事だよね、とレナは言っているのだ。


「いえ、私は問題ありません。副騎士長を辞して、リスト様の従者チルカになりますから」


 むぐぐ、と言い込められたようなレナの表情。

 

 レナ仕方ない。騎士長はきっとレナの事を思って最初からこうするつもりだったんだ。

 戦いの中でも薄々感じていただろ? こうするために戦いを挑んで来たんだって。


 そう、指揮系統の一本化は建前。本当はレナの事を思ってのことだ。

 自由騎士は実力主義。そう言っても、それはウルガーが手紙に記していただけ。誰かそれなりの地位にいる者がレナを認める必要があった。

 それに……難癖付けられないように騎士の資格を取得する必要があった。

 騎士試験は実技と筆記。筆記はすでに合格した事があるので後は実技だけだった。それも騎士長に勝つということで実力を見せつけたのだ。だれも文句を言うはずが無い。


 とは言え、騎士長を辞めることまでは必要なかったように思うのだが……そうすることによってレナを全力で支えてくれるつもりなのだろう。


 そして、レナは仕方がない、とばかりに騎士長の提案を受け入れた。


 それを聞いて騎士長は再びレナに騎士資格を与えること、自分が自由騎士副官になることを高らかに宣言し、それを聞いて周囲は沸き上がったのだった。


 ◆◆◆


「自由騎士レナ、勝負!」


 夕暮れの王都に声が響く。


「またやって来たよ。レナちゃんも大変だねぇ」


 年のいった老婆が二人。

 家の前にある椅子に座って自由騎士の女性と旅の契約者マスターがグロリアバトルを行う姿を見ている。


「なにやら最近ではレナちゃんに勝ったら結婚してもらえるとかいう噂が出回っておるらしくてのう。一向に挑戦者が減らないのはそのせいじゃて」


「それは大変だねぇ」


「まあレナちゃんはレナちゃんで、スライムの宣伝になるから、って言ってたのじゃがな」


「まぁまぁ、しっかりものだねぇ。でも、レナちゃんはそう言うけど……もう皆とっくにスライムの良さも可愛さも知っているんだけどねぇ」


「そうじゃのう。知らぬは本人だけというやつじゃな」


 もはや王都のワンシーンとなったレナのグロリアバトル。

 今日も、明日も、明後日も、それは続いていくことになる。

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