171 騎士長さんは戦いたい その1

 ここ数日の間ですでに名物になりつつある屋敷前でのグロリアバトル。

 その雰囲気を察してやじ馬たちが集まり始め、対戦相手が騎士長ナイトマスターであることも加わって、どちらが勝つのかと多くの騎士達も観戦に訪れた。


「おい宿屋の、お前どっちが勝つと思う?」

「俺は騎士長ナイトマスターだな。滅多にグロリアバトルすることはないけど、ひとたびバトルが始まれば無敵の強さらしいぜ」

「聞き捨てならないっすね、レナちゃん、あっと、レナ様も負けていないっすよ。なんたってあの帝国の軍師を倒したんっすからね」

「なんだいきなり。それはウルガーと一緒にだろ、俺はやっぱり騎士長ナイトマスターに賭けるぜ」

「ぐぬぬ、じゃあ俺はレナ様に賭けるっすよ!」


 うるさいな外野。見知った顔も混じってる。

 あ、眼鏡の黒髪の女騎士さんが賭博の取り締まりを始めたぞ。

 あの人は騎士長補佐のスラ・ラライラさんだ。

 そうそう、今から戦うんだから外野を静かにさせてくれよな。


「さて自由騎士レナ。改めてあなたに戦いを申し込みます。私が勝てば私が騎士長ナイトマスターであり自由騎士。指揮系統は統一される。

 それにレナ。あなたは騎士の資格を取得していない。言うなれば自由騎士ではなく自由令嬢。騎士達を束ねる騎士長ナイトマスターとしてそれは認められない」


 うぐぐ、改めて痛い所を突いてくるな。

 レナは騎士科を中退してウルガーの従者チルカになったから騎士試験は受けてないし、その後も従者チルカの仕事が忙しくて受ける事が出来ていない。リストさんの言う通り、経歴は王立学校中退の令嬢なのだ。


「自由騎士は強さの象徴。資格制じゃないわ」


 そうだな、レナ。

 自由騎士って言うのはそういう物じゃないよな。

 ウルガーはずっとそれを教え続けてくれた。


 もちろんよスー、とコクリと頷くレナ。


「言うのは簡単です。示して見せなさい。あなたが自由騎士だと言うのならば、その強さを、その想いを私に示して見せなさい!」


 騎士長は自らのクラテルを掲げ、中からグロリアを呼び出す。

 その瞬間、辺りの気温が数度下がったようなそんな寒気が襲った。


 現れたのは尖ったガラスのような鋭利フォルムをしているグロリア。上半身は細くスリム。二本の腕は物理戦闘に耐えられるのかと思うくらい細い。下半身は貴族女性が着るようなドレスのスカートのようなものを身に着けている。後ろは蜂の尻のようにぷっくりと膨れているようで、そのフォルムにそってスカートが身に付けられているので、スカートの後ろ側は風でふわりと舞い上がっている様にも見える。

 スカートの下からちらっと見える足は前足が二本、後足が二本ある。

 グロリア全体の大きさは大人の男性よりもやや大きな2m程。スカートパーツによって実際よりも体が大きく見える。 


「あれがつらら姫か……。滅多に見る事が出来ないリスト騎士長のグロリアを拝めるなんてな」


 つらら姫というのはこのグロリアの個体名だろう。

 このグロリアはAランクのフロストヴァルトーレ。そのスカートのような部分から冷気を吹き出して戦う強敵だ。


 フロストヴァルトーレつらら姫の目が赤く光った。

 人間の女性のような顔フォルムをしているが口は無く鼻も眉毛も無い。言うなればロボットに近い。だがなんというか、高貴さというか高潔さというか、そんなものを感じてしまう。


 レナも同じことを感じているのが伝わってくる。


 騎士長がフロストヴァルトーレつらら姫に近寄りその体をなでると、返事のようにリーリーリーと甲高い音を発する。それが声なのだろう。


 すると騎士長はフロストヴァルトーレつらら姫の尻、スカートの上にまたがり騎乗したのだ。


「自由騎士レナ。騎士同士の対決らしく騎士ルールで行いたい。異存はあるかな?」


 騎士ルール。バトルフィールド内に契約者マスターも一緒に入って戦う実戦形式のルールだ。もちろん契約者マスターも攻撃を受けたりするので通常のルールより危険度は増す。


「ええ、もちろんです。異存などあるはずもありません。いくわよスー!」


 ああ。バトルが通常だろうと騎士ルールだろうと変わりはしない。

 俺達は今まで実戦に次ぐ実戦を重ねて来たのだから。


 俺はレナを体内に取り込む。

 見た目はかつてのレナから直接輝力ニノ・を受け取る闘法アグナだが、今の俺は無限輝力増殖によってそれほどレナの輝力を必要としない。つまりは全力でレナを守るための用途が大きい。

 もちろんそんな後ろ向きなだけの闘法ではない。レナと密着していることによって意思疎通の精度が上がるのだ。100%とはいかないけど、コンマ何秒の世界のアクションは瞬時に行う事が出来る。


「それではこの試合、私スラ・ラライラが審判を務めさせていただきます。それでは、試合開始!」


 うっ!


 開始と同時にフロストヴァルトーレつらら姫の足が地面からふわりと浮かんだかと思うと、超スピードで突進してきた。


「スー!」


 感知で追うのがやっとのスピード。

 なんとか体をひねって突進攻撃を回避したが、レナを体内に入れている手前、俺の体の体積は大きく、その一撃が僅かにかすってしまった。


 大丈夫だレナ、と言いたい所だが……。


 パキリパキリと音を立てながら傷口が凍り付き、徐々に氷結の範囲が広がっていく。


「今の一撃を受け流すとはさすがですね。あのウルガーが進んで従者チルカをとったわけです」


 未だ氷の侵食を受けている部位を剥離することでそれ以上の侵食を防ぐ。

 俺を構成するスライム細胞一つ一つが俺の体だ。一部分の欠損では深刻なダメージにはならない。


「スー、反撃よ。粘着弾で相手の機動力を奪うのよ」


 任せろレナ。

 俺は体内で生成した粘着物質を無数の弾丸として撃ち込む。


 右に左に、くるりくるりと動くフロストヴァルトーレつらら姫

 その回避の様子、残像の残るフロストヴァルトーレの姿は美しいものだった。


 姿に見とれている場合ではない。

 弾丸は全部回避されてしまったのだ。だけど、何か……。


 俺はおもむろに、ぶるんぶるんと体を揺すってみる。


 粘着弾はいつもより速度が遅かった。それにこれは……。


「気づきましたか、この冷気に。この子の放つ冷気は周囲の温度を下げるに至る。スライムの体はほぼ水分。温度が下がって行けばいつも通りの動きをすることは叶いません」


 辺りに氷の結晶が舞っている。空気中の水分が凍り始めたんだ。

 だがそんな大規模な異常気象を起こすと周りに影響が……。


「こちらは問題ありません。私のグロリアで野次馬、もとい観客の皆さんを保護していますので」


 どうやら観客は一か所に集められ、スラさんのグロリアの能力だろうか、結界のようなもので守られているようだ。


 と言う事は冷気の影響を受けるのは俺とレナだけ。


「そう言う事です」


 先ほどと同じく突進攻撃がきた。

 流石に二度目になると動きに慣れてその突進の軌跡を捉える事ができた。俺に目は無いけど感覚ってやつだ。


 どうやら初手で俺の体を凍り付かせた冷気はフロストヴァルトーレの両手が原因だ。その鋭い手刀からは冷気が漏れ出しており、それで切りつけられたので傷口がああなったようだ。

 凍らせた鉄の棒を舌でなめたらくっ付いてしまってなかなか取れないのを体験したことはあるだろうか。

 

 とまあ解説しているのは、体が思うように動かず今おもいっきり切りつけられていて、体中が凍っている最中だからだ。


 一度攻撃を受ければ止まらない。

 連撃は続き、俺の体は見事に氷の彫像のようにカッチカチに固まってしまった。


「いつまでも寒いのでは気の毒です。一撃で決めてあげましょう」


 固まって動けなくなった俺に対して大技を繰り出そうと、フロストヴァルトーレの輝力量がぐんぐんと上がっていく。

 その輝力が前方へと収束していき、彼女の体の倍ほども大きな出刃包丁のような刃を形成した。


「ファイナル・ブリザード・スラッシャー!」


 リスト騎士長が技名を叫んだ。


 これはフロストヴァルトーレの固有技じゃない。後天的に生み出した技術による技。

 つまりはでんきねずみの使う10万ボルトではなく、逆刃刀を使う浪人が師匠から教わった剣技と同じ部類だ。


 四本の足により空高くまで跳躍するフロストヴァルトーレつらら姫

 そしてその高位置から位置エネルギーと重力加速度を組み合わせて落下、同時にスカート部分からジェットのように吹雪を吹き出して加速した状態からの巨大出刃包丁による上空からの斬撃!


 まともに食らえば俺の体は真っ二つ。中のレナもただでは済まない。

 まあ、まともに食らったらの話なんだが。


 迫りくる巨大な刃。

 振り下ろされるそれの軌跡を見切った俺は、大技発動中の僅かな隙を狙ってその鋭利な白色に輝くボディに向けてカウンターの体当たりを繰り出した。


 空から勢いをつけて突っ込んで来たと言う事はこちらからの攻撃にもその威力が乗るというわけだ。


 無防備な体に一撃を受けたフロストヴァルトーレONリストさんは見事に吹っ飛んで、地面に落下した。


「スーに冷気は効きませんよ。なんたってスーは燃える灼熱のスライム。普通のスライムと一緒にしてもらっては困ります。ねーすーぅ」


 そうそう。冷気の影響が結構あって輝力無限増殖のための回転を起こし辛かったからちょっと時間がかかってしまった。だけど輝力さえ増やすことができたら灼熱能力を持つ俺には問題ない。

 ついでにスライムボディの隅々まで不凍液のような凝固点がかなり低い物質を行き渡らせておいた。これで耐冷気ボディの完成だ。


 地面に伏したフロストヴァルトーレとリストさんがぐぐぐと起き上がる。

 その様子を見るにかなりのダメージを与えたようだ。


「スーが普通のスライムと異なることは知っていました。だが私の冷気を破る程だとは思いませんでしたよ」


「降参していただけますか?」


「まさか。私はまだ敗れたわけではありません」


 痛みなど無かったかのようにひらりとフロストヴァルトーレの後ろに飛び乗るリストさん。


「飛びなさい、つらら姫!」


 指示と共に跳躍したフロストヴァルトーレ。

 スカート噴射を合わせて上昇し続け、遥か上空へと向かう。


「リスト様がつらら姫の名を……。普段は絶対に口にすることが無いのに。本気だということなんですね」という副騎士団長スラさんのセリフが聞こえてくる。


「今から見せるのは私達の最強の技、エターナルフォースブリザード。発動したが最後、相手は死ぬ」

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