170 ボッコボコのボッコボコ

 15歳になったレナ。この国ではもう大人とみなされる年齢だ。

 ウルガーの従者チルカとなってからいつの間にか2年が経っていた。その間にいろんなことがあって、レナもぐぐっと成長した。

 残念ながら身長はあまり伸びておらず未だ子供に間違えられることも少なくない。

 素敵なお姉さん像を持っているレナは不満のようだが、まだ成長期は終わっていないので身長も体つきもこれから成長する可能性もある。まだ15歳なのだから。


 今日も今日とて王城内にあるウルガーの屋敷へ向かう。

 2年間続けている従者チルカのお仕事は朝から始まる。9割方まだ寝ているウルガーを起こすところから始まるが、ごくまれにすでに目覚めていてケロラインと訓練している場合がある。それは本当にめずらしい。

 そんな日は仕事もスムーズに終わるので、いつも自分で目覚めてくれたらなと思う。


 王城までの坂を上り、ビシっと敬礼を決めてくれる顔見知りの門番の騎士さんの横を通り城門を抜け王城へと入る。

 迷うことなくウルガーの屋敷にたどり着き、今日はどっちなんだろうな、起きてるのか寝てるのか、と思いながら屋敷の中へと入る俺達だったが、今日はいつもと様子が違ったのだ。


 屋敷の中にはウルガーの姿はなく、かといって庭で訓練しているわけでもない。

 いったいどこに行ったのかと再び屋敷の中で情報を探していると、ウルガーの机の上にレナ宛ての一通の手紙が置いてあった。


 『俺は旅に出る。レナ、今日からお前が自由騎士だ!』


 ――ええええええええええええええええええええええええ!


 突然の事に俺達は驚き、レナもお嬢様らしからぬ奇声を上げてしまった。


 そしてこの事実は瞬く間に城内へと広まった。


 ◆◆◆


「ま、参りました……」


 目の前にはガタイのいい騎士のお兄ちゃんが膝をついている。

 その前には今俺にやられて伸びているラフナックグリズリーの姿。


 グロリアバトルを挑んできた彼をボッコボコの返り討ちにした所だ。


 なんでこうなったかと言うとだな……。


 レナが自由騎士を継承した事を聞きつけた人たち。

 驚いている人たち、祝福してくれる人たち、様々な人がいるが、そんな人たちの中には納得がいかない人、突拍子も無い事を認めない人、理解できずに受け入れない人も存在する。


 『自由騎士の称号は継承できるものではない』

 『出来るとしても騎士の資格を持たない従者が継承して良いものではない』

 『こんな子供に自由騎士が務まるはずがない』

 

 ウルガーもそうなる事は把握済みで、手紙にはこうも記載されていた。


 『納得がいかないならレナを倒せ、倒したものが自由騎士だ。自由騎士とは最強の称号、常にに勝者でなくてはならない』


 と。

 まあつまりその内容も一緒に広まったわけで、こんな小娘に自由騎士は務まらないとやってきた血気盛んな騎士がこの人。


 それなりに実力者だったようで、彼と一緒にやってきた騎士は彼のグロリアが瞬く間にやられてしまったのを見て、挑戦の言葉を口にすることはなかった。


 そもそもこういった輩は稀で、これまですでに騎士達の中では自由騎士従者レナの名と実力は広く伝わっているため、大半は賛同に回ってくれているのだ。


 とはいっても自由騎士の継承など前例が無く、そもそも自由騎士自体ウルガーが初めてだったので、城内もざわついて落ち着かなく、自由騎士が不在となるのも問題があるのでとりあえずはレナが暫定自由騎士という方向で進む雰囲気が醸成された。


 ウルガーがレナに自由騎士を継承した。それは城内だけでなくすぐさま王都内に、そして国内全域へと広がっていった。


「レナ・ブライス、覚悟!」

「自由騎士の称号は貰った!」

「あらん、こんなかわいい子が自由騎士だなんてぇ」

「おねえーちゃんにかったら、じゆうきしになれるの?」

「わしも若い頃はブイブイ言わせた騎士じゃった」

「お嬢ちゃんが自由騎士ならこのババが自由騎士でもええんじゃろ?」


 道を歩けばこんな感じで戦いを挑まれ、食堂に行けばご飯の最中なのに戦いを挑まれた。

 挙句の果てに家に帰っても襲撃される始末。

 乱暴な契約者マスターによって家の扉がぶち破られて使い物にならなくなった。

 もちろんレナは激おこしてボッコボコのボッコボコに撃退してその男が虚ろな目でぶつぶつと呟くまでこんこんと説教していたところで警邏の騎士がやってきてその男を引き渡して。


 家が使えなくなったからとりあえず旧ウルガー邸自由騎士屋敷に住むことにして。

 自由騎士屋敷に住んだら住んだで、レナに挑むために城門に入城希望者が殺到して。


 ある程度は城門でお帰り頂くことになったようだが、それでも入ってくる人はいて。

 自由騎士屋敷が壊されないように外でグロリアバトルを行って。


 そんなこんなで、ウルガーがいなくなってから連日グロリアバトルに明け暮れざるを得ず、自由騎士の仕事は何一つ出来ていなかった。


 流石のレナも気が休まる暇も無くぐったりとしてきて……。


 そんな次の日。

 俺達の前に騎士団のトップである騎士長ナイトマスターリスト・ナーシアスが現れたのだ。


「大分参っているようですね」


「はい。こうひっきりなしだと流石に……」


 青色の髪をしたリストさん。前髪は中央で分けられ頬のあたりまであり、全体的に長い髪の毛を後ろで束ねている優男風の人だ。体つきはウルガーに比べると細く、薄めの紫色の鎧もそのシルエットに見合ったものになっている。

 今は確か28歳で奥さんはいたような?


「騎士団の力を使って警護をさせたらどうですか? あなたは自由騎士。私と同じく騎士団の指揮権限を持っています」


「それは……良くないと思います。私も王立学校で学んだ身。指揮系統の二重化が良く無い事だというのは理解しています」


「私も同意見です。有事の際に指揮系統が混乱すれば多大な被害をもたらします。

 ウルガーは立派な騎士で自由騎士の名にふさわしい者でした。私も友人として誇らしい。

 ですが……彼が自由騎士として十二分に活躍できるようにと指揮権が与えられたのだけは、初めから納得がいきませんでした。

 騎士団は有事の際の砦。平和が長く続いているとは言え、いつまでもその平和が続くとは限らないのです。

 何度か女王様にも進言しましたが、変わることも無くこれまで続いてきましたが」


「ですので私は騎士長閣下の指揮系統を乱すつもりはありません」


「そうですか。聡明な子だとは思っていましたが、流石ですねレナ・ブライス」


「ありがとうございます。あの、それでお話はその事でしょうか?」


「いえ、多少は関係ありますが。あなたに勝負を挑みに来たのですよ」


「勝負ですか……。かまいませんよ。外に出ましょう」


 この人もか。と諦めモードのレナ。


 レナに勝負を挑みに来たと言う事は自由騎士の称号が欲しいということだろう。

 騎士長ナイトマスターでもある立場でさらに自由騎士にもなりたいという事だろうか。男としては上を目指す気持ちは分からなくもないが……。

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