167 今でも愛している

 メタル蛇の腹が割れた。裂けたのではない。まるでシャッターが開くように上下に開いたのだ。

 その中には――


 み、ミサイル!?

 間違いない。蛇とは全く関係ないが間違いなくミサイル!


 驚愕する間も無くそのミサイルが俺達に向かって撃ち込まれる。


 俺の体は無意識のうちに動いていた。

 レナを守るというその想いがそうさせたのだ。


 俺が自分の行動に気づいたのはミサイルが俺の体に触れる直前だった。

 

 防御しても回避しても、どう転んでもその爆風がレナを包み込むのは間違いなかった。

 であれば身を挺して自分の腹の下で爆発を起こせば、どの選択肢よりかは爆発の威力を抑えることが出来てレナを守れるかもしれない、そんな風に思ったのだ。


 次に気づいたのは地面の上に横たわっている状態だった。

 強固なドラゴンの鱗は焼け焦げ、めくれ、爆発によって肉も破裂していた。右前足と右後足はちぎれそうになっており、威力が右に分散してしまった事を物語っている。


 レナは!


 自分の事よりレナの事だ。

 俺は首を持ち上げようとするがダメージによって思うように動かない。それでもなんとか動かして……離れた位置のレナを見つける事が出来た。

 俺と同じように地面に倒れてピクリとも動かないレナの姿を。


「安心しろ、今の攻撃は手加減しておいた。そこの娘も、ウルガーも、ケロラインも死んではいない」


 しゃ、しゃべった!


「俺はお前に恨み言を言いたいんだよ、くさだんご。いや、有馬健太郎ありまけんたろう


 俺の人間の時の名前を!


「どうしてお前は俺の邪魔をする。どうして俺の楽園であったクシャーナを解放した。どうしてケロラインを、どうしてミーシャを」


 クシャーナだと?

 やはりお前はオランドット! マフバマさんの夫でリゼルの親父なのか?


「そうだ。間違いなくそれは俺だ」


 お前はグロリアなのか? マフバマさんはお前の事は幼馴染だと言っていた。クシャーナの民なのか?


「俺はグロリアではない。マフバマがそう言っていたのは俺がマフバマの幼馴染だと思うように記憶を操作したからだ」


 記憶操作だと?


「そうだ。クシャーナは俺の楽園だった。やつらに気づかれないように楽園を創り出すのはいささか骨が折れたものだ」


 クシャーナを……創り出した?


「文字通りの意味だ。俺はテラマギオンの力であの地を創り出し、封印し、そして、彼女達を創った」


 何百年も前の話、マフバマさんの言っていた歴史の話か。

 ん? 彼女達を創っただって?


「マフバマの記憶は植え付けたものだ。それは他のやつらも同じ。俺は25年ほど前にクシャーナを創り出し、マフバマ達グロリアを創り出し、歴史を捏造し植え付けた」


 そんな、まさか……。そんな事が……。どうしてそんな事を……。


「元はこの世界の者ではないお前なら分かるだろう。グロリアには人型のものが存在しない。猫耳を持つ女、兎耳を持つ女、翼をもつ女、蛇の下半身を持つ女、魚の下半身を持つ女、角の生えた女、つぶらな単眼の女……。挙げればきりが無いが、そんなグロリアはこの世界には存在しない」


 確かにグロリアの中にはそういう種はいなかった。

 だから、なんだっていうんだ。


「俺は常々おかしいと思っていた。異形の存在を創り出すのならそんな存在だってあってもいいとな。むしろ無い事が罪。俺はそんな存在を愛でたいと、子を成すべきだと思っている。だから創りだした。そしてその存在と愛し合い、子を成した。それがマフバマであり、俺の娘、リゼルだ」


 つまり、獣娘とイチャイチャしたかったからそんな神をも恐れぬ事をしたってことか!


「端的に言うとそうだ。この世界の者ではないお前にも分かるだろう」


 分かるか!

 マフバマさんはお前の帰りをずっと待っているんだぞ!

 リゼルだって、お前を探すために旅に出た!


「マフバマの事を捨てた訳ではない。今でも愛している。マフバマと愛し合ったあの時間は本当に素晴らしかった。娘が生まれた時もそうだ。俺は間違っていなかったと心からそう思った。

 だが、それ故に、俺は他の存在も欲した。だから理由をつけてクシャーナを出た。娘の大きすぎる輝力を押さえる方法を探すという理由をだ。

 娘の輝力の大きさは俺にとっても想定外だった。いくら自分の体をグロリアへと再構築したとは言え、子どもにあんな影響を及ぼすとは思わなかった。そして想定外故に、俺はリゼルと共に過ごすわけにはいかなかった」


 ええい、情報量が多くて良く分からん!

 つまり浮気をするためにクシャーナを出たってことだろ!

 現にお前はミーシャとスピカと浮気して、さらにはケロラインにまで手を出そうとした!


「何が悪い。力のある存在が子を残すのがなぜ悪い。現にあいつらが創り出したグロリアだってそのような生態系を持つ種が存在する。力こそ全てだ。俺はこの世界の神。なんだって自由に出来る。そう、なんだって思うがままだったはずなんだ。お前が、お前が現れさえしなければ!」


 俺のせいにするな!

 お前のその身勝手さが多くの人を悲しませたんだ!


「知った事か! お前を抹消し、俺はもう一度楽園を創る! クシャーナ以上の、誰にも邪魔をされない楽園をな!」


 このクズ野郎!

 俺が叩きのめしてその根性叩き直してやる!


 とは言ったものの俺の体は先ほどのミサイルによって動かない。

 そして今まさにその俺に止めを刺さんとばかりに四本の腕がこちらへと向けられる。


 今度は本気で存在ごと消し去るつもりだ。ミサイルの一撃は俺に恨み言を言うために手加減したものだったのだ。言いたいことを言った今、もはや俺達を生かしておく必要は無い、そういう事か。


 四本の腕それぞれに途方もない量の輝力が収束されていく。一つ一つが先ほどの守護君級。

 直撃すれば間違いなくこの島ごと消し飛ぶ。そして俺は今、動くことも避けることも出来ない。たとえ動けたとしてもあの威力の前には無意味だろうが。


 スライムほどではないがドラゴンにも自己再生能力はある。

 この後の起死回生のチャンスを少しでも広げるために最後まであきらめないつもりだが……本当にこの後があるのだろうか。


「これで終わりだ。さようなら有馬健太郎」


 無情にも四本の腕から赤色の光線が放たれた。


 眼前に広がる赤色光。


 そして――




「チリとなって消えたか。

 さて……ケロラインの輝力を回収して再構築を行うか」




 ――グォォォォォお前の企みもォォォォォンここまでだっ


 俺は腹の底から声を出した。これでもかという気合を入れて。


「な、なぜだ、なぜ生きている。その姿は、なぜだ!」

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