166 それが当然の事なんだ

 なんだ、ブツブツと。この期に及んでまだ何かをしようっていうのか?


「この地を守る守護君しゅごくんマスギリアよ……お前の力を、よこせっ!」


 なにっ!?

 守護君だって? まさかあいつ自分の姿を変えるだけじゃなく、守護君の力も扱えるっていうのか?


 お祭り騒ぎになった守護君イヴァルナス、浮遊大陸を浮かせた守護君テラマギオン。どちらも人知を超えた凄まじい力を持つ存在だ。そんな力を自由に扱えるとしたら……。


 両腕を天に掲げ、大の字で空を仰ぐオランドット。

 それに応えるかのように空は曇りだし、渦を巻いた雷雲が発生して辺りに稲光の音を轟かせる。


「これだけはやりたくなかった……。俺達の平穏で幸せな生活を終わらせてしまうこの方法だけは……。

 だが仕方ない、仕方ないんだ。ここでこいつを倒さなければ、幸せなど訪れやしないのだからな!」


 くそっ、どういうことだ。

 なんか凄く俺が悪者扱いされている感じがするぞ。


 黒い雲が太陽を覆い隠し、辺りが闇に覆われる。

 渦巻く雲の中心には膨大な輝力の塊が存在し、今にも弾け飛んでしまいそうだ。

 はっきりとは分からないが、あの中心部に守護君がいるのかもしれない。


「きゃあっ!」


 レナっ!


「だ、大丈夫よ」


 降り注ぐ雷の一つがレナのすぐ横に落ちた。幸いレナに怪我は無かったものの、次はいつ直撃するか分からない。

 スライムの体だったなら直ぐにでもレナを体内にかくまう事が出来るものを!


「輝力が流れ込んでくる……いいぞ、もっと、もっとだ。もっとよこせ。出力を上げろマスギリア!」


 雲の渦の回転がさらに激しくなり、中心の膨大な輝力がオランドットへと流入していく。


 それに呼応するかのように雷は一段と激しく降り注ぎ始め、俺はそれに対応すべくレナやウルガー達の上に覆いかぶさるようにして雷の直撃から皆を守る。


 ドラゴンの鱗を持っているとは言え雷の直撃を受けてノーダメージという訳にはいかない。

 そんな状態でいつまで耐えしのげばいいのか。先の見えない戦いに精神をすり減らしていた矢先……程なくして落雷はおさまって太陽の光も漏れ出した時、オランドットは黒いもやのような煙のような、人型ではあるがもはや人ではない、そんなものへと変貌していた。


「タリナイ……マダタリナイ」


 不気味にうごめく人型のもや。体の中に相当な輝力をため込んでいるはずだが、その量が大きいのか小さいのかの感覚が働かない。

 今の状態ならドラゴンズロア一発で消し飛ばしてしまえそうでもある。


「モウスコシ……ヘンイニハ、モウスコシタリナイ……」


 変異?

 まだ途中だってのか。あれだけの輝力……守護君ごと全てを吸収しておいてまだ。


「お、オランドット様……」


 しばらく前に俺の一撃で戦闘不能になって倒れていた蛇女ミーシャ鳥女スピカ。そんな彼女達がよろめきながら立ち上がる。


「わたしたちの……」

「うちらの輝力を使って……」


「ダ、ダメダ……。アイスル、オマエタチヲ、マモルタメダ。ソレハデキナイ」


「大丈夫だよ。なにも輝力全部を渡すわけじゃないし。ミイミイと半分ずつ。それで足りるっしょ」


「ソンナ、キヨウナコトハデキナイ。トリコメバ、フタリトモキエテシマウ」


 だろうな。その黒いもやに触れたが最後、輝力は吸いつくされて干からびてしまってグロリアは存在維持できなくなって消えてしまうだろう。


 仮にそうしてすべてを吸いつくしたとしても、あいつが溜め込んだ輝力の僅かなひとかけらにしかならないはずだ。

 オランドットは変異せずに、あの二人は無駄に消えてしまうかもしれない。


「オランドット様、私達二人はあなたに大変良くしていただきました。グロリアとして虐げられた私達を守り、そして愛してくださった。私たちはその想いに応えたいのです。あなたに恩を返したいのです」


「そうそう。たくさん好きって言ってもらって嬉しかったよ。今度はうちらがオランドット様に愛を見せる番だから」


 力強い言葉だ。

 彼女達の目は消えてしまう事は百も承知だという強い意志を湛えている。

 体のダメージは大きくて立っているのもやっとだろうに。


「ダガ……」


「お気になさらないでください。私たちはあなたを守り支える妻。たとえこの体がどうなろうとも……それを譲れば妻たりえません!」


 蛇女ミーシャが黒いもやの中に手を突っ込んだ!


「ぐうぅぅぅぅぅ!」


 顔をしかめるミーシャ。

 腕を伝うように黒いもやの一部がじわじわとミーシャの本体側を侵食していく。


「ミイミイ! うちも!」


 鳥女スピカも負けじとその翼をもやのなかに突っ込もうとする――


「な、なにするのミイミイ!」


 だがその翼はオランドットの体へと届くことは無かった。

 なぜなら、ミーシャが侵食されていないもう片方の手でスピカの翼を掴み止めたのだから。


 予想外の事に驚くスピカを尻目に、ミーシャは力任せに彼女を上空へと放り投げた。


「ミイミイ! オランドット様!」


 翼をはためかせ上空で体勢を立て直したスピカ、すぐにでもと下降し始めるが。


「スピカ! 来てはだめだ! お前はだめだ。お前は、お前とその子は……」


「ミイミイ! だけど、だけど!」


「ここから全力で離れるんだ。おそらくここら一体は消滅する。そして……私もオランドット様も消えて無くなるだろう。

 だがその子が! オランドット様の子が生きていれば、私達の行為は無にはならない!

 親が子を守るのは当然の事だ。オランドット様も、私も、スピカも、それが当然の事なんだ。

 さあ行け! 振り向かずに!」


「っ!」


 何も言わずに翼で涙を拭いて。

 そうしてスピカはこの空から飛び去った。



「ミーシャ、スマナイ……」


「いいのですよ。出来れば私も子供を授かりたかった……です……」


 その言葉を最後にミーシャは靄の中オランドットの体へと沈んでいった。



 自らの体ごと輝力を捧げたミーシャ。それがトリガーとなったのかは分からない。

 ただ、気体のようにも見える黒い人型のもやだったオランドットの姿は、まるでナノマシンによって再生していくかの如く硬質化した金属質の物へと変化していき……俺の体の大きさを倍ほども超える巨大な蛇の化け物にと変容した。


「なんだあれは……四本腕を持つ……蛇の化け物……」


 俺の眼下にいるウルガー。様々なグロリアと戦い勝利してきた彼もこの化け物の姿には驚きを隠せないのだろう。

 そんなウルガーの服をぎゅっと掴みワナワナと震えているケロライン。


 ドラゴンの俺ですら背筋が凍るような感覚がするので、蛇と相性の悪いケロラインにその恐怖を克服しろというのは酷というものだ。


 メタルな金属装甲に覆われた頭部、そこにある蛇の目が開いていく。

 トンボのような複眼を持つそれは黒く光を湛えてはおらず、ただただ恐怖感だけが存在する。


「スー、目が!」


 その黒い目に突如光が灯ったかと思うと、機械音を上げながら四本の上を全て真上へと上げた。


 やばいぞ。おそらく攻撃態勢だ。何が来るのかは分からないが、おそらくどんな攻撃がきても耐えきれない。

 たとえ強固なドラゴンの鱗を持っていたとしても飴のように溶かされるか紙のように引き裂かれる。そんなイメージが脳裏にこびりついて離れない。


 守るか逃げるか。そんな判断も固まらないうちに蛇の腕それぞれから上空に向けてレーザーのような光が放たれ……そして上空で一つになったその光は一呼吸おいて弾け飛び、そのはじけ飛んだ無数の光がここを中心とした周囲の海域へと着弾し海を炎の渦へと変えた。


「海が……干上がってやがる」


 ウルガーの目線からは分からないかもしれないが、俺の目線の高さからならはっきりと見える。攻撃によって海水が無くなるどころかはるか遠方まで海底の岩盤ごと燃やし尽くされて荒れ地のようになってしまったのだ。


 あいつが初撃を外したわけでは無い。これは俺達に力を見せつけるための攻撃だ。


 現に俺は勝つという思いを失うどころか、攻撃が通用するイメージすら抱けなくなった。

 この場から少しでも動いた瞬間、俺達の存在が無に帰す。そんなイメージを植え付けられたのだ。


「スー、大丈夫よ。レナが守ってあげるから」


 ビクッとした。

 恐怖におののくこの体をレナに触られて身震いしたのだ。


 そうだ俺の馬鹿野郎。レナを忘れて怯えてしまうなどと言語道断だ。


 ――ガズンッ


 俺は地面に頭を叩きつけた。


 ふう、目が覚めた。

 さあ、ここからだ。俺はまだやれるぞ!

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