165 この生物がいなければファンタジーが成り立たない
『降参だと? 頭までスライムになったのか? 俺の力を忘れたのか?
このスライムイーターはくさだんごを倒すために特別にしつらえた俺専用のグロリア。相手のスライムの能力を吸い取り己の物とする、対スライムとしては最強の能力を誇っている。
ドラゴンのように見えるとはいえドラゴニックスライムもスライムには違いない。お前がスライムである以上、俺には勝てないのだよ。
そら、その力も吸ってやるぞ!』
眼下でスライムイーターが鼻をもたげる。
勢いよく吸い込み攻撃を始めた鼻がストローでコップの底に僅かに残ったジュースを吸いつくす時のような音を立てている。
うぐぐ、この吸引攻撃……回避は不可能だ。
俺がスライムであり続ける限り、物理的にではなく概念的に力を奪われていくような……。
だんだんと体が硬化していく。
スライムであるという存在自体を吸い込まれているかのようで、それはもはや俺が俺で無くなってしまう……そんな感じだ。
「このー! スーを吸い込むのを止めなさいっ!」
レナは足元に落ちている石を拾ってスライムイーターに向けて投げつけて、また拾い投げつけて……俺を助けるためにそれを繰り返し繰り返し。
『無駄な事を。じきにお前のスライムとしての力は失われるというのに。そら、言っているまに吸収完了だ。どれ、哀れなスライムに逆戻りしたか?』
……いえ、残念ながら。
『どういうことだ? スライムの力は吸ったはずだ。なのになぜ、なぜ元に戻らない! どうしてFランクの姿に戻らない!?』
確かにスライムの力は失われた。俺からスライムの力は無くなった。
だがな、半竜半スラのドラゴニックスライムからスライムを取り除いたら、
『ドラゴン:Aランク
この生物がいなければファンタジーが成り立たないと言うほど圧倒的な存在感を誇るグロリア。その爪は鋼鉄もバターのように引き裂き、その鱗はどんな攻撃でも貫く事は出来ない』
先ほどまでぶよぶよで不安定だった俺の体はがっしりとした体格に変わっており表面は凄い固そうな緑色の鱗にびっしりと覆われている。
試しに前足をズシンと地面に打ち付けてみる。脳からの指令により筋肉が、腱が余すところなく前足に力を伝えている。
これがドラゴンか!
圧倒的なパワーを感じる。周囲から輝力を吸収できるみたいだし、レナからの輝力は少なくても強力な攻撃が出来そうだ。
「スー……なの?」
「ギャオォォォン」
そうだぞ、って言おうとしたら鳴き声が出た!
スライムに声帯は無かったから久しぶりの感覚。
とはいえ鳴き声だけなので意思疎通は無理そうだが。
「スー!」
おいでと言わんばかりに両手を前に出すレナ。
うーん、戦いの途中なんだが……まあ、今までと同じく空気を読んでくれるだろう。
俺は巨体を揺らし向きを変え、レナの抱っこしてあげるポーズの胸の中に大きな顔を持って行く。
「かっちかちになっちゃったね。ひゃん! くすぐったいよスー、ペロペロしたらだめよ」
うおっと、舌が勝手に。
レナ、口の周りは危ないから触ってはいけない。舌がびっくりして跳ね回ってしまうからな。
「ねえねえ、スー、ドラゴンでしょ、ドラゴン。子供のころ絵本で読んでもらったわ。勇者と一緒に魔王を倒したドラゴンの話。ねえねえ、乗ってもいい? 勇者もドラゴンの背中に乗って戦ってたよ」
危ないからダメです。それは絵本の中のお話。
さあ後ろに下がって。俺は待たせてるヤツがいるんだ。
ギャオギャオと発声しながらレナに意図を伝える。
スライムとは違うからちゃんと伝わるのか心配だったが、俺は俺であるらしく、心を通わした
レナとの短いスキンシップを終え、俺は再びスライムイーターへと向き直る。
小刻みに体を震わせている所を見ると、空気を読んで攻撃を控えていた訳ではなさそうだった。
『ありえない…ありえない。ドラゴニックスライムからスライムを取り除いたらドラゴンだなんてありえない。ゲッシャハルト関数とミルグレンダの法則を無視するなんてありえない』
あのう、混乱していらっしゃる所悪いんですけど、戦ってもよろしいでしょうか?
『ええい、うるさいぞ。後にしろ、って! お前、念話を逆に!』
あ、気づいてもらえました?
それなら正々堂々ですよね、間違っても不意打ちには当たらないはず。
「スー! やっちゃえ!」
俺は大きく息を吸い込む。人間の時よりもはるかに大きな肺へと空気が流れ込んでいく。
くらえ、火炎ブレス!
溜め込んだ空気を一気に放出する。それがそのまま火炎のブレスとなって吐き出される。仕組みは良く分からないが吸って吐くだけで炎がはけるのだ!
勢いよく一直線に伸びた赤い炎。それは先ほどまでのドラゴニックスライムとは違いあらゆるものを焼き尽くすような、そんなイメージをもたらした。
『ぐあああああ!』
ガスバーナーのように噴射した炎がスライムイーターを直撃し、ヤツの体を焼いていく。
『この炎、奪った灼熱の力を超えるだと!? 灼熱の力と言っても所詮はスライムの力。ドラゴンには遠く及ばないということかっ!』
ぶっはー。
吹きっぱなしの息が切れ、俺はそこで一息つく。
スライムイーターの体表は黒く焼け焦げ、ぶすぶすという音を立てて煙を上げている。
凄い火炎だったけど燃え残ったか。
サンロードスライムの能力を奪われてさえいなければ、今のでフィニッシュだったはず。
第二射は……もう少し息が整わないと出来なさそうだ。
そう言えばドラゴンには他にも攻撃方法があったような。
そう思って神カンペを見る。
『ドラゴンズロア
咆哮に乗せて放つ指向性の振動波。同様な攻撃方法は他のグロリアでも見る事が出来るが、中でもドラゴン族のそれは速度、範囲、破壊力、どれをとっても群を抜いている』
ドラゴンズロアね。レナが小さい頃、ジミー君の牛グロリアのぎゅうたろうが使っていたものの強い版だな。あれには苦戦したな。
やり方は分からないけど吠える感じでやればいいんだろ?
こうやって。
――グォォォォォォォォォン
ザワリと一瞬だけ空気が震えたかと思えば、辺りに響き渡る爆音と共に空気が大きく振幅し、スライムイーターへと命中する。
その様子は空間が歪むように錯覚するかの如く激しいものだった。
ドラゴンズロアの衝撃によって黒焦げになっていたスライムイーターの体がボロボロと崩壊していく。
『ぐっ、ぐぐぐぐぐっ……こ、このままでは……』
崩れ去りつつあるスライムイーターの姿が徐々に人間の姿へと変化していく。
「ぐうっ、Aランクのドラゴンごときに……。スライムではないのならスライムイーターでは力不足……か」
そしてとうとう元の髭おやじの姿へと戻ってしまった。
息も絶え絶えでよろめきながら髭おやじさんは両手で胸の辺りを押さえている。
いや、髭おやじじゃなくてオランドットか。
本当にリゼルの親父さんなのか確認しておかなくてはならない。
おい、お前は本当にオランドットなのか?
おいってば、何とか言えよ!
…………。
……。
やはり俺からの呼びかけは通じないか。向こうから念話を開いてもらわないと。
「たりない……力が……たりない。あれになるには……力が、足りない」
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