161 ずっとなやんでいました

 辺り一面を覆うように舞い上がった砂煙。大量の砂が粉塵として浮遊していることを鑑みると、ウルガーの放ったコスモ重力落としの威力をうかがい知ることが出来る。


「どうなったんだ? 砂煙で何も見えん。ケロライン! 大丈夫か!」


 視界ゼロの中、オランドットは薄目を開けてその中にいるはずのケロラインの姿を探す。

 声をかけて見たものの、この威力では無事で済むはずが無いということを心の奥では気づいていた。


 一方、砂煙発生の中心部。隕石が落下して出来たクレーターのように陥没したその真ん中。

 地面に頭から打ち付けられたケロラインと、共に落下し彼女の胴を掴んだままのウルガーの姿があった。


 ウルガーは技が完全に決まったことを確認するとケロラインの拘束を解き、よろめきながら立ち上がる。

 支えを失ったケロラインの体は重力に引かれて地面へと倒れこもうとする。

 だがウルガーは彼女の体が崩れ落ちるよりも先に、そのしなやかな体を抱きとめた。


「ケロライン……」


 自らの胸の中で眠ったように目を閉じている相棒の姿。

 それを見てウルガーはポツリと呟く。


 ケロラインの攻撃を受け続けた事により人間体になった彼女のポテンシャルは概ね把握していた。全力でコスモ重力落としを決めたとしても目立った外傷もなくただ気絶するだけであることも分かっていた。


 ずっしりと腕にかかる彼女の重み。カエル状態の時には感じる事が出来なかったものだ。

 相棒が人間だったらどんな感じなのか。長く一緒にいる間に一度くらいはそんな事を考えたこともある。その答えの一つが目の前にある。

 幼さを残した顔、そして長いまつ毛。肌の色こそ薄黄色で自らに近いが、その唇は青紫。健康的なケロラインには暖色系が似合うのにな、などと思ってしまう。


「んっ……」


 そんな中ケロラインが目を覚ます。

 視界が定まらずボーっと目を開いていただけだったが、視線の先に薄っすらと映り込むウルガーの姿を捉えた。


「ますたー……」


「ケロライン、お前……洗脳が……」


 コクリと小さく頷いたケロライン。

 オランドットにかけられた洗脳が解けたのだ。


「ますたー。わたしは ずっとなやんでいました。よわいわたしが あなたのぐろりあで よいのかと」


 おもむろに話始めるケロライン。

 その声は小さくか細いものだった。


「しんかすればつよくなる。そうおもっていても、ぐりーんふろっぐのままで つよくなるんだと、むじゃきにわらう あなたをみると、しんかすることも できませんでした。

 しんか してしまえば、あなたのゆめを うばってしまうとおもったから」


 ケロラインが力無く手を伸ばす。

 ウルガーはその手をしっかりと掴んだ。


「それでも あなたはわたしのために、わたしはあなたのために どりょくをかさね、とうとうあなたは じゆうきしにまでなりましたが あなたのこころのなかには はれないもやが ありつづけていることにもきづいていました。


 そのむかし しゅぎょうじだい。そのときにであった ばけもののようにおおきなへびのぐろりあ。 わたしは かんぷなきまでたたきふせられ、あなたもけがを おった……。

 わたしたちに きょうふと くつじょくをあたえたあいつを まだたおせていないから……。


 あなたはそのことを こころのおくにとじこめたまま、みなのひーろーでいよう、ふさわしいえいゆうでいようと、つとめていたことを そばでずっとみていました。


 わたしは いずれくるそのたたかいのため もうにどとあなたをきけんなめにあわせないよう かなしいおもいをさせないよう よわいわたしではなく つよいわたしになれるように と たんれんをつんできました。


 ますたーのふあんを もやを それらをとりのぞけるくらい つよくならなくてはいけないと。あなたが こころにもやをかかえているのは こころがみたされていないのは わたしがよわいからだといいきかせながら。


 わたしだけがしっている あなたのこころのもや。

 そのことを りぜるさまにみすかされて いましたね。あのかたも ふしぎなかたです。あなたが ほれてしまうのも むりはない。

 わたしのような かえるでは あなたのこころを みたすことが できないのだから。


 でも……このからだなら、あなたと……ってほんのすこしでも おもってしまいました。そのばちがあたったんでしょうね。


 ごめんなさい ますたー……」


 ケロラインの目からキラリと光る涙が零れ落ちた。


「謝るのは俺の方だ。すまないケロライン。

 お前の事は何でも分かっている……分かっていると思い込んでいた。

 俺の夢がお前を抑えつけていたなんて気づきもしなかった。そのあげく、お前と俺の目的地がずれているんじゃないかと、ずっと思っていた。

 お前は俺の事を何でも分かってくれていたのに」


 サーっと風が吹き込んで二人の周囲を舞う砂煙を晴らしていく。


「お前の言うとおり、自由騎士になっても俺の心の中にはずっとわだかまりがあった。

 その正体が何なのか、自問自答してみてもいつも答えはでなくて……いつしか心の奥に留めていたもの。それがお前の言葉を聞いてようやく分かったよ。

 もっと強いやつと戦いたい。戦って最強になりたいという思いと、あの時の蛇の化け物とやりあった時に果たして勝てるのだろうかという恐怖との葛藤だ。

 今までその答えが出せずにぼんやりと生きていた。

 それはつまり……俺はお前を信じていると言いながら、心の奥底では信じ切れていなかったんだ……。すまなかった」


「あやまらないで、ますたー。あやまらなければいけないのはわたしのほう。こんなからだに なってしまって、これいじょうは ますたーのゆめをかなえて あげることが できなくなってしまいました」


 ケロラインはウルガーの瞳から視線をそらすと、自分自身の体へとそれを這わせた。

 すでにグリーンフロッグではない。そしてグリーンフロッグの時よりも弱い事が証明されてしまった。その暗く重たい感覚がケロラインの心に広がっていく。


「たとえお前がグリーンフロッグではなくなってしまったとしても、俺とお前は一心同体。どんな体になったとしても、また一から強くなればいいんだ。これまでと同じように」


 暗く沈んだケロラインを諭すかのように、ゆっくりとしたやさしい声。

 その声の主に彼女は瞳を向ける。


「まだ わたしといっしょにいてくださるのですか?」


 主のまっすぐな瞳を見てもなお彼女の心は不安と懐疑を拭い去れてはいない。


「当たり前だ! お前は俺の相棒なんだからな。嫌だって言っても逃がしはしないさ」

 (そう気づかされたのさ……あいつらに)


 力強い言葉。武骨だがそれだけにケロラインにはストレートに伝わった。


「ありがとう ございます」


 ケロラインはニコリとはにかむと、流れ落ちる涙を遮るかのように両目をゆっくりと閉じた。


 それに合わせてウルガーの胸の辺りがぽうっと小さく光りを放ち始めた。

 それはクラテルの光。衣服の内側にしまい込んだクラテルが淡く光っているのだ。


 その光の意味は、ウルガーとケロラインの絆が再び結ばれた事を表しているものであった。

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