160 激突 その2
ケロラインの言う通り、ウルガーはノーガードのままタコ殴りにされている。
「ほら、ほら、なんとかいってみなさいよ。ほら!」
トドメと言わんばかりの一撃を振り抜いたケロライン。
打撃によりズレた赤いハットが顔を覆い隠しているため、ウルガーの表情をうかがい知ることはできない。
「……効かない」
「なに?」
ウルガーがポツリと呟いた。
「効かないんだよ、ケロライン……」
ツーっとウルガーの頬から一粒の水滴が流れ落ちた。
「よまよいごとを。そのなみだがいたみのしょうこ。そんなくち、にどときけないようにしてあげる」
振り上げられたケロラインの拳が勢いよく振り下ろされる。それも両腕で、何度も、何度も。
鈍い打撃音が途切れる事無く続く。
まるでサンドバック。右へ左へと攻撃の威力に流されて動く的だ。
「これがお前の攻撃か?」
だがウルガーは雨の
「今のお前はカエルの時より弱い。流石の俺もカエルの時のおまえの攻撃をこんなに受けきるのは無理だ」
「なにをばかなことを。にんげんのからだをてにいれたのよ。かえるのみじかいてあしじゃなくながいりーちのてあしをにていれたの。よわくなりようなんかないわ」
「お前の強さは修練の賜物だ。ずっとグリーンフロッグで俺と一緒に修行してきた、な!」
ウルガーが力任せに体を起こすと上にまたがっていたケロラインは体勢を崩す。そこを捕まえようとウルガーの手が伸びるが、ケロラインは素早く距離をとってその手を回避した。
「いいか? 今のお前は手足の長さに感覚がついていけていない。18年間積み上げてきた無類の感性が動きを阻んでいるんだ」
「そんなわけがない。あんなえふらんくのからだより、いまのわたしがよわいなんて、あるわけがないっ!」
それまで冷静で落ち着いた声で淡々としゃべっていたケロラインが声を荒らげた。
「まてケロライン! 下がれ、あとは俺に任せろ!」
自ら決着を付けさせようと思いこれまで状況を見守っていたオランドットだったが、彼女の姿を見るに見かねて口を挟んだ。
だがケロラインは止まらない。
己の全身全霊を込めた一撃を、今の自分を愚弄したウルガーに叩き込むために。
「そのからだにきざみこんであげるわ。わたしのさいきょうのわざを」
ケロラインはウルガーに掴みかかると、体重を加えた遠心力でジャイアントスイングを始める。
「ケロライン、止めないか!」
制止を試み続けるオランドットだが、発生する風圧によって彼女に近づけずにいる。風圧を受けるターバンと外套が自らの体を後ろへと押し出すのに抗うので精一杯なのだ。
オランドットの言葉が聞こえていないかのようにグルグルと回転を続けるケロライン。
まるで竜巻を生むかのようなその回転を利用してウルガーの巨体を上空に投げ上げると、自らも跳躍し上空のウルガーへと取り付く。
この技の入りはケロラインが得意とするコスモ重力落とし。
通常のコスモ重力落としは空中で逆さまになった相手の胴を両手で抱き押さえながらそのまま地面に叩きつけるものだが、この技は違った。
頭を下にして落下するウルガーの両脇に足を置き、胴を掴むはずの両腕はウルガーの足を1本ずつ掴む。この体勢なら自身の体重全てを技に伝えることができ、技の反動による自らへのダメージも通常技と比較すると小さくなる。
それはまさしく長い手足を持つ人間の体ならではの改良技。
「ぎゃらくしぃぐらびとんすまっしゃー!」
脚を固め手を固め。完全に技の体勢が固まり、地面への激突コースに入る。
「そういうところだ、ケロライン」
「なに?」
「長い手足に振り回されているんだよ。その答えが、これさ」
ウルガーは自らの脇に置かれたケロラインの足首を両手で掴むと、そのまま力任せに引っ張りケロラインの技の体勢を崩した。
「長い手足を利用するのは結構だ。だがこの技は元々の状態で完成されている」
ウルガーは落下しながらもクルリとケロラインとの体勢を入れ替える。
ケロラインが下、ウルガーが上。上下逆になったことで技をかける方とかけられる方が逆転した。
「そ、そんな」
何が起こったのかは理解している。だがどうしてこうなったかの理解に苦しむケロライン。
防御、回避、脱出。思案に時間を費やす事でそれらに使えたはずの僅かな時間をロスした事が致命的となる。
「これが本当のコスモ重力落としだっ!」
羽交い絞めのようにケロラインの胴体をがっしりと掴んだウルガー。皮肉にもケロラインがヒューマンボディになったことでウルガーの技の決まりの精度が増しているのだ。
空中から地面に向かって落下する一人と一体。
一塊となったそれはそのまま地面に激突し、轟音と土煙が辺りを覆った。
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