159 激突 その1
かの国の
一方が13歳の少女とそのグロリアであるスライムと、それを殲滅しようとする蛇と鳥の2体の異形のグロリア。
もう一方が、異形のカエルグロリアとその前に陣取る男。そしてその男を打ち倒さんとする赤いハットを被ったもう一人の男。
赤ハットの男の名はウルガー・ディノディラン。その国で一番の強者とされる彼は相棒の
彼が相対する男の名はオランドット。ウルガーから相棒のグロリアを奪い去り、この騒動の引き金を引いた男。
◆◆◆
太い丸太規則正しく組み上げて建てられたログハウス。原生林が生い茂る未開のこの島にあってそこだけ異質な雰囲気を放っている。
その手前でウルガーとオランドットは顔を突き合わせて対峙していた。オランドットの後ろにはケロライン。まるでこれより前には行かせないと言わんばかりにオランドットの背に隠されている。
「たすけて、うるがーさま」
神に祈るかのように体の前で指を交差させて手を合わせるケロライン。人間と異なり指の中ほどから水かきが張られているので、ガッチリと指同士を交わらせることは出来ない。
「っ! ケロライン! 待ってろ、今こいつをぶっ倒してやる」
ケロラインが初めて放った言葉。ウルガーはその言葉に一瞬だが動きを止めた。
彼女が自らの事を
相棒なのだからウルガーと呼び捨てでもかまわないはずだという僅かな躊躇。
だがその躊躇も一瞬。
ウルガー自身はケロラインを救うという心づもりを決めたとは言え、ケロライン自身の思いはその決定過程に含まれていなかった。
だが、彼女自ら助けて欲しいと言われたのだ。自らの考えも行為も間違っていなかったというお墨付きを得たことで、そんな躊躇は思考の外へ吹き飛んだ。
ウルガーは大地を蹴って目の前の男へ疾走する。
力強く踏み込まれた地面は砂煙を上げてそれに応える。
風を切る甲高い音を立てながら迫るウルガーに対しオランドットは構える様子も怯える様子も無く落ち着き払っていた。
「うぉぉぉぉぉ!」
完全に間合いを詰め、狙った部分に気合を込めた一撃を放つウルガー。
力強く握り込んだ右拳。
目論見通りオランドットを殴りつけたなら重く低い音が出たのだろう。
だがその音は軽く高いものだった。
「焦るなよ。この世界の戦いといったらグロリアバトルだろ」
ウルガーの拳はオランドットの頬を捉えてはいなかった。
なぜならその拳は緑色の手によって受け止められていたのだから。
「……ケロライン」
その様子に言葉を詰まらせるウルガー。
ウルガーの拳のインパクトの瞬間、二人の間にケロラインが割って入りウルガーの一撃からオランドットを守ったのだ。
人間の手のひらの暖かさとは違う爬虫類独特の冷たさとその皮膚を覆う滑り。
これまで共に過ごした中で感じてきたその感触と何ら変わりのない彼女の手。
それとは相反する今の彼女の姿とこの行動と。その狭間をウルガーの思考は揺れ動いていた。
「なんてまぬけなかお。もとますたーとはおもえない」
口の端を歪め目の前の男をあざ笑うような見下すようなそんな目。
呆けた顔を浮かべその場からピクリとも動かないウルガーに対してケロラインはその鍛え抜かれた脚の一撃を叩き込む。
張り詰めた筋肉が躍動し繰り出されるその一撃は容易く大岩も砕くものであり、たとえウルガーであってもただでは済まない。
疾風の如く繰り出されたその一撃だったが、ウルガーは後方へ跳躍し回避する。
トットッと片足ずつ地面に足を着いて体勢を立て直すウルガー。
普段の彼ならば回避したあげく宙返りを決めていた所だ。
「……どうして、どうしてお前がそいつを守るんだ」
「たいせつなひとをまもるのにりゆうはいらない」
「た、大切な人、だと……?」
「そうさウルガー。俺とケロラインは愛を誓い合った。もう昔の男であるお前の出る幕は無いのさ」
「馬鹿な事を! ケロラインはそんなやつじゃない! 長い間一緒にいた俺との絆は失われたりしない!」
「野暮な男だな。知らないのか? 恋っていうものには一瞬でおちるんだぞ」
「戯言を!」
オランドットの軽口に対し、ウルガーは目をカッと見開くとこれまでで一番大きな声量をぶつけた。
「おーおー、おっかないねぇ。冗談だよ冗談。ちょいと洗脳させてもらったのさ。俺を信頼し、愛するようにな。まあ、一瞬で恋に落ちるのと似たようなもんだろ」
「洗脳、だと?」
「そう。でも、きっかけはともあれ、わたしのこころは、いまのこのおもいはほんもの。わたしたちのじゃまをしないで」
「そうそう。俺とケロラインはこの後じっくりと愛し合うんだ。邪魔せずに帰ってくれると面倒が無くていいのだが……まあそういう訳にはいかんだろ。
ケロライン、二度とお前の元に現れないように丁重にお帰りいただくんだ」
オランドットの言葉にコクンと頷いたケロライン。
ざっざっと足を前に進めウルガーとの距離を詰める。
「やめるんだケロライン。俺はお前と戦いたくはない!」
「たたかいたくないのならそれでけっこう。おとなしくたおされて」
ある程度の距離を詰めた所でケロラインはその場から消えたかのように前方に跳躍した。その速さはウルガーと同じかそれ以上。
鋭い跳躍から繰り出された膝蹴りをウルガーは自らの腕で受け止める。
衝撃を殺してもなお体に伝わってくる技の余波。
「これは、彗星裂空脚。そしてその後は」
「そうよ、さんだんかいてんきゃく!」
左足を軸足にして勢いよく回転したケロライン。筋肉でパンパンに張った脚に回転の力を乗せた攻撃が3回。ウルガーのガードを削る。
「くっ、この技の切れは!」
続けて拳による連打が撃ち込まれる。これは光輝千手拳。これまでの蹴りに比べると一撃一撃は軽いが、当たりどころが悪いと大きなダメージを受けてしまう。
「やめろ、ケロライン! やめるんだ!」
無数に迫る拳を両手で払いながら相棒への説得を続けるウルガー。
「あはは、さすがはじゆうきし。わたしがつよくなったとはいえ、みずからがおしえたわざでやられたりしないようね。それならこのわざならどうかしら」
ケロラインはスッとウルガーの懐に入り込む。
人間と似た体になったと言っても男のように大柄ではなく一回りも二回りも小柄であり、持ち前の体術の技術も合わさってやすやすとウルガーの防御圏内に入り込んだのだ。
ウルガーの目には彼女が急に消えてしまったかのように映る。
さらにケロラインは膝を落とし屈むことで技の体勢に入ったのだ。
「べるくあぐなりなーしあー!」
曲げた膝をばねのように勢いよく伸ばし、溜めていた力を一気に開放する。下半身は膨大な威力を出すための装置。そしてその威力を十二分に発揮するのは上半身、それも
下方から突き上げられる拳が人体の急所の一つである顎を狙う。
自らが教えていない技とは言え、知らない技を逐一くらうような事では自由騎士たりえない。
初見の技ではあるがウルガーにとって対応できない技では無かった。
「ぐあっ!」
だが、その一撃はウルガーの想定を超えていた。
迫る拳に対し腕でガードを試みたウルガーだったが、その拳はウルガーのガードを突き破ってきたのだ。
顎を強打されそのまま後方へとふっとばされるウルガーだったが、彼の目は自らを
「どうかしらもとますたーさん。わたしのわざはきいたかしら」
「ああ、驚いたよケロライン。その腕、風か? 触れれば弾かれる暴風。腕の周りを覆うそれが相手の防御を弾き飛ばし無防備な所を狙い撃つってわけか」
無様にも地に背中を着けたウルガー。腹筋の力で跳ね起きると、パンパンとズボンに付いた砂を払いながら、そう語った。
「ふふふ、さすがね。だけどみやぶられたところでもんだいはないわ。なぜなら!」
ケロラインが再び跳躍する。この動作は初手の攻撃と同じ。
「すいせいれっくうきゃく! さんだんかいてんきゃく!」
先ほどウルガーに防がれた二つの技を繰り出すケロライン。
動作は全く同じだが先ほどと違うのはその脚。腕と同じように風を纏ったその足によって、ウルガーはガードをこじ開けられ一段目の飛び蹴りを腹に受け、そこからの三連撃を横っ腹に撃ち込まれた。
「ほら、ほら、ほら、どおしたの? いつもみたいにいなしてみせてよ、ほら、ほら!」
それだけでは飽き足らず、ケロラインは拳の連打をウルガーに浴びせかける。
細かい一撃ではあったが、壁となるはずの腕のガードは無条件にはじかれて機能せず、腹に、胸に、顎に、頬に、その一撃一撃がクリーンヒットしていく。
技のダメージによってぐらついた隙を見逃すことなくケロラインは頭を下にしクルリと上下一回転し、その長い脚が円の弧を描く奇跡を辿ると、オーバーヘッドキックの様に足の甲をウルガーの頭へと叩きつけた。
頭部への一撃によって脳震盪を起こしたウルガーにさらなる追い打ちをかけるケロライン。
体重をかけた肘の鋭い一撃を彼の体に打ち込み、そのまま地面へと押し倒すと体の上に馬乗りになる。
マウントポジションを得たケロラインはキッと眉を吊り上げると、無精ひげの生えたウルガーの顔に連続で拳を振り下ろした。
「みじめなものね、じぶんのそだてたぐろりあに、しんらいしていたぐろりあになすすべもなくやられているなんて」
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