158 冬山にある丸太小屋

「それでウルガー様、どこに向かっているんですか?」


 ケロラインを助けるために大跳躍中の俺達。

 そんな中、レナからもっともな質問が上がった。

 それもそのはず、ウルガーはその辺りを適当に跳びはねているとしか思えなかったのだ。


 ウルガーの弁明はこうだった。

 「勢いで出発した」「だけどやれると思った」「だって俺がケロラインの輝力を探れないわけないだろ」「今はケロラインの意識が無いからちょっとわからんだけだ」「それに、高くジャンプしてたらあいつらが飛んでる所を見つけられるかもしれないだろ?」、と。


 ケロラインがさらわれてウルガーが立ち直るまでの時間はだいたい30分くらい。

 麻痺の解除とレナを泣き止ませるのに使った時間がそのうちの大半を占める。


 あの鳥女、スピカと言ったか、彼女がどれくらいの速度で飛行できるのかは未知数だが、この世で最も速く飛ぶグロリアの一つ、フレイムガーグルなら超音速で飛行できる。大体マッハ4、つまり時速4900kmくらいで飛ぶのだから驚きだ。日本の端から端まで飛ぶのに1時間かからない。


 ちなみにフレイムガーグルは名前のとおり熱を発するのだが、自ら熱を発生させることは出来ない。

 だいたいマッハ3辺りで発生する『熱の壁』(飛行のために急速に圧縮され高温となった空気から熱が伝わる現象)を耐え抜く鱗を持っていて、超音速飛行時は常に空気から伝わる高熱が鱗を発熱させ、副次的に自身が熱を持つのだ。

 あと、寝る時も含めてフレイムガーグルは常に飛行している。もちろん食事の際も飛行中なわけで、飛行するグロリアを捕食する際にその熱で獲物がしっかり焼けた状態で食べられるので意図せずグルメなグロリアなんだ。


 おっと話が逸れすぎたけど、30分もしたら飛んでる姿なんか見えっこないってことを伝えたかった。


 俺の考えが伝わったのかは分からないが、一度作戦を練り直すと言う事になって着地したところ……そこで急にウルガーがケロラインの輝力を感じたと言い出した。

 そのため休憩もそこそこに再び跳躍に入ってからしばらく……。


 俺達はルーナシア西岸の小島が点在する海域へと到着した。


 本土からは割と近いのだが、ここいらの島は全て無人島。

 本土とこのあたりとを結ぶ航路を遮るかのように海流が走っており、船はもちろん水タイプのグロリアであっても乗り越えるのは難しい事と、たとえ飛行グロリアで行き来が出来たとしても農耕には適さない塩分を多く含んだ土地であるため、そこまでして住むことはない、という理由だ。


 大小多々ある島、その一つ、人の手が入っていないジャングルのような森の中。鬱蒼うっそうと茂る背の高い木々の下。そこからケロラインの輝力を感じるとウルガーは言う。


 上空からは木々に阻まれてその下を見る事は出来ない。

 ただ彼は自信満々なようで、そのまま木々をぶち抜くように地面へと降下した。


 なんだ?


 降下の際に葉や枝がレナに触れて傷にならないように、俺は体を広げてレナの下半身を守っていた。

 だが、そんな俺に植物が接触する感触は無く、そのまま地面へと到着してしまったのだ。


 直上を見上げると太陽光がさんさんと降り注ぎ、真っ青な空が広がっている。

 光を遮るような分厚い森の姿はどこにも見当たらない。


 幻影か? いや、一瞬デジタル的な揺れがあった。

 グロリアの能力ではなく科学技術の可能性もある。


「あの中からだ、間違いない」


 ウルガーの声で俺の思考は引き戻された。


 そこにあったのは1軒の小さなログハウス。

 リゾート地にあるおしゃれなものというよりは、冬山にある丸太小屋というイメージ。


「あの中からケロラインの輝力を感じる。突っ込むぞ!」


 作戦も何もないウルガーの脳筋発言だが、ここに着地した際に轟音が発生しているので相手さんには俺達が来たのが筒抜けだってことだ。

 だから相手の体勢が整う前に突っ込むというのは理にかなっている。


 俺もレナもそれを理解したうえで駆け出したが――


「案外早かったなウルガー。もう少しはゆっくりできると思っていたんだが?」


 ギギギとログハウスのドアが開き、ターバンの男、ミーシャと呼ばれていた蛇女、スピカと呼ばれていた鳥女、そして……


「ケロライン!」


 メリハリのある体に変えられてしまったケロラインがその後ろから現れたのだ。


「おいおい、俺が話をしているんだぞ」


 ケロラインの姿を遮るようにターバンの男が前に出る。


「貴様と話す事など無い。ケロラインは返してもらう! そこをどけっ!」


「相棒を奪われて熱くなる気持ちも分からんでもないが、言っておこう。お前には無理だ」


「うるさい! お前と問答しているほど暇じゃない!」


 ウルガーが一直線に駆け出す。


 レナ、俺達もサポートだ。


 レナとアイコンタクトを交わして俺達もウルガーの後に続く。


「やれやれ、せっかく作った隠れ家を壊されても面倒だ。ミーシャ、スピカ、迎え撃つぞ」


 このログハウス、高床式倉庫のように一段高い所に入口がある。

 そこから階段を降りてくるターバンのおやじとケロライン。

 蛇女ミーシャはその尻尾を叩くように跳躍して、鳥女スピカはもちろん翼をはばたかせて、そうやってログハウスの下へと全員がそろった。


 レナ、俺達はあの二人の相手をするぞ。ウルガーをケロラインに向かわせるんだ。


「ウルガー様、そのまま突っ込んでください! あの二人は私たちが!」


 レナの呼びかけにコクリと頷いたウルガー。


 先頭を行くウルガーを止めようと蛇女ミーシャが立ちはだかる。

 金属のブレストアーマーに大楯、槍のセットだ。いずれもこの世界では一般流通していない部類のものだ。

 彼女はかなりのパワーを誇ると見える。大楯も金属槍も女性の細腕で扱えるようなものではない。その力を生かして大盾でウルガーの突進の勢いを殺し、槍でその硬直後を突くつもりだろう。


「ぬうんっ!」


 だが蛇女ミーシャの目論見通りに行く男ではなかったのだ、このウルガーという男は。

 彼はすっと彼女の懐に入り込み、突き出すモーションに入っていた右腕を掴み上げるとそのまま力で真上へと投げ上げ、何事も無かったかのようにターバン男へと向かった。


 まるでコマのように回転しながら宙を舞う蛇女ミーシャ


「くっ! ひ弱な人間のどこにこんな力が!」


 しゃべってると舌噛むぞ?

 まあ今から撃墜する相手に舌の心配なんか必要ないか。


 ウルガーがログハウスを見つけた時から俺はレナから供給される輝力を増幅し続けている。初動に時間がかかるのが難点だが、あいつを打ち落とす程度には輝力が増幅されている。


「スー! 一発お見舞いしちゃえーっ!」


 おうっ! くらえ、フレイムブリンガー!

 

 灼熱のスライム細胞を小さな水滴のように小分けしてマシンガンのように射出する俺の必殺技の一つ。

 おそらく鎧や盾などの金属部分には効果が薄いと思うけど、手加減するには丁度いい。


 宙を舞う蛇女ミーシャに襲い掛かる赤い水滴が霧のように見える。

 だが、着弾直前に彼女は落下コース上からいなくなった。


「もう、ミイミイ油断しすぎ。あのままだと焼き蛇になってたよ?」


「すまん。あなどった」


 すいーっと飛行する鳥女スピカとそのかぎ爪にがっしりと捕まった蛇女ミーシャ

 流石にそう簡単にはやらせてくれそうにないってわけだ。


「スピカ、私をあの男の前に落としてくれ」


「うーん、そう簡単にはいかないかも」


 そうそう。ウルガーの邪魔はさせないぞ。

 俺は牽制のために粘着弾を連発する。


「仕方ないな。あのスライムを先に始末しよう」


 そう言うと、ずしんと重い音を立て俺の前に蛇女ミーシャが着地し、そして後方上空には鳥女スピカが虎視眈々と俺とレナを狙う構図が出来上がった。

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