157 レナ、従者《チルカ》やめます その2

 おいおいおいおい。

 ウルガーそれは良くない。良くないぞ!

 レナの事を従者チルカとして信じていないって言ってるのと同じだぞ。


「じゃあ、レナ、従者チルカやめます。お世話になりました!」


 ほらみろ、レナ様がご立腹だ。

 謝って、すぐに謝って!


「あーあーやめろやめろ。俺も一人の方がせいせいする。ケロラインにも見放されてまさに一人ってやつさ」


 ウルガーよ子供と同じ目線で言い争うんじゃない……。


 あ、レナ、早まらないでね。

 あのおっさん子供だからね、冷静に冷静に、レディはいつでも冷静に。


 そんな俺の説得も虚しく、ツカツカツカと無言のままウルガーへ向かって行くレナ。


「なんだ? もう俺とは関係ないだろ」


 レナはウルガーの正面に立ち、そして大きく腕を振りかぶると――


 ――バッチィィィィィィン


 大きな張り手音が発生した。


「立ちなさい自由騎士ウルガー!」


 レナの瞳から涙がこぼれ落ちていた。


「あなたは子供たちの希望。国民の希望! どんな敵にも屈せず、どんなピンチも乗り越えて、必ず勝利を掴む、無敵の騎士。この国ただ一人の自由騎士ヒーロー


 それが、こんな、こんな情けない事を、うじうじと自分一人で抱えて、すべてを諦めたような顔をして、なげやりのやけっぱちのその辺の子供と見まごう程の、情けない態度


 私だって……レナだって、そんな姿見たくない……。


 レナが見た自由騎士ヒーローは、小さな緑色のカエルグロリアと一緒にキラキラ光って眩しい存在だから……。


 だから、こんな姿を誰にも見せないで……。従者チルカのレナ以外には見せちゃだめ……」


「おまえ……」


「うううううっ……」


 レナ……。

 俺もレナに謝らなくてはならない。

 レナは十分に大人で立派なレディだ。


「悪かった……。お前は俺の従者チルカだ。変な意地を張って悪かった……」


「うわぁぁぁぁぁん!」


 レナが大泣きし始めた。

 これほど大泣きするのは小さかった時以来だろうか……。


 ◆◆◆◆


 俺がレナをなだめ始めてしばらく。

 ようやくレナは泣き止み、落ち着きを取り戻した。


「それで、ウルガー様。原因。早く。教えて」


「あぁ……その、なんだ……」


 ウルガーは頭をかきながらポツリポツリと語ってくれた。


 ここのところ不調だった理由。

 リゼルがグロリアだと知ってからグロリアを見る目が変わってしまったこと。メスのグロリアを見るとリゼルの事を思い出したり、リゼルのように素敵なグロリアなんじゃないかと考えてしまって、初動が遅れることを。

 そしてそんな腑抜けたまま戦っていたことがケロラインが愛想をつかした理由だと。


「なるほど。そんなエッチな事を考えていたんですね。それは従者チルカにも言えないですね。恥ずかしい」


 レナが先ほどのお返しとばかりにえぐっていく。


「そうだ。だから言いたくなかったんだ。お前の言う自由騎士ヒーロー像とは真逆のものだからな」


「エッチだからケロラインに愛想をつかされたと?」


「エッチエッチ言うな。俺が変質者に聞こえる。まあそういう訳だ。こんな情けない契約者マスターに付いて行きたくなんてないだろ」


「馬鹿らしい」


 ――ゴンッ


「痛てえな」


「クラテル返します」


 手に持っていたウルガーのクラテル。

 レナはそれを彼の頭の赤いハットの上に力強く置いた・・・のだ。


「お、おう……」


「あのですね。レナ、ウルガー様の従者チルカになってまだ1年も経っていませんが、ずっとウルガー様とケロラインの事は見てきました。

 二人の信頼は、絆は強くて、これまで長い年月気づき上げて来たもので誰にも真似をすることは出来ないって思いました。もちろんレナとスーも負けてはいませんが。

 そんな二人の絆はがウルガー様がエッチな事を考えたくらいで揺らぐものじゃありません。

 あなたの従者チルカであるレナが保証します」


 ああ、俺もそう思う。

 さっきだってそうだ。ウルガーの指示はワンテンポ遅れたけど、それに対するケロラインの動きは全く遅れてはいなかった。むしろ指示の遅れを取り戻すくらいの勢いだった。

 それはウルガーへの信頼と同義だと思う。


「そうは言うけどな。実際に契約は破棄されてだな……」


「そんなの関係無いですよ。契約が無くなったのならまた結べばいい。

 今ここで契約が保持されているかどうかは問題じゃありません。

 ウルガー様が、あなた・・・がどうしたいかです」


「俺が……」


「そうです。ケロラインは決してあなたを見限ったわけじゃありません。

 それどころか救いを求めているに違いありません。

 見ず知らずの髭の中年の変態おじさんに掴まって、体も無理矢理変化させられてしまいました。これまで彼女は自ら望んでグリーンフロッグのまま進化せずに来たにもかかわらずです」


「ケロライン……」


「急に大切な契約者マスターの元からさらわれてしまって、彼女が不安を感じないと思っていますか? 助けを求めていないと思っていますか?」


「っ!」


「さあどうなんです? ウルガー様!」


「言うまでもなかろうよ!」


 ウルガーは力強く立ちあがった。


 そうだ、それでこそ自由騎士。レナが憧れるこの国最強の男。


「さあ行くぞ。こい!」


 ウルガーはバサリと赤いマントを翻す。いつもの長距離大跳躍の準備態勢だ。

 レナもそれを察して抱えられやすい体勢でウルガーの横に付く。


 そんなレナに――


「ウルガー様、何をするんですか、やめてください、髪が乱れちゃいます!」


 ウルガーは大きな手でわっしゃわっしゃと頭を撫でまわしたのだ。


 ぷりぷりと怒るレナに対してウルガーが小さく「ありがとな」って言ったのを俺の聴覚は聞き逃さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る